あの島に移り住むまで

〜「好きな本から」を書きたくてはじめたけどいろいろ書いちゃってるブログです〜

読む力は鍛えられるもの

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読むことも『筋トレ』だという。

 

そういつかの本で読んだことがある。

人生を豊かにしたいのなら色々なものを読む。なんでも読む。偏りなく読む。

 

「読めない」

 

なら、鍛える。鍛えれば、読める。鍛えなければ、読めない。

 

『筋トレだ』

 

その言葉が頭の中に残っている。

 

その頭の中に残っている言葉を繰り返し唱えながら読んだ本が最近あった。

 

インスタグラムでも書いたこの本だ。

 

 
 
 
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本気で「もういいや!」と思った。本気で「ああ、もういい!時間がもったいない!」と諦めそうになった。全く頭に入らない。全く文字が脳に入ってこない。「なんで読んでるんだっけ?」と、何度もよぎった。少なくとも10回は諦めたと思う。

 

一度目は半分まで読んだあたり「どうしてこれを読もうとしてたんやっけ?」そう考えて本を閉じた。でも、、、、と考えて、もう一度だけ読み直してみる。今度は半分も読んでないあたりでまた思う。「ああ、もういいや!諦めよう!!」

 

「もういい。もういい。」と本を何度も本を閉じようとするのに、どうしても気になる。この本が何か意味があるような気がして、この本の内容が今の自分にとって何故か必要なことのように思えて、きっぱり諦めきれなかった。

 

最終手段はツイッターだった。検索してみる。

 

『嘔吐 サルトル

 

この中に、似た人がいたら諦めよう。「読めなかった」そう書いている人がいたら諦めようって(笑)検索した。そうして出てきたのは「一生のうちにオススメしたい」だったり「読むべき文学」「読むべき哲学」だったりで。。。。

 

「あぁ、やっぱり読もう」って。

 

そこで決めた。「読む」と決めた。必要か必要ではないか。読むことに意味があるかないかではない。「これは筋トレだ」と思って読むことした。

 

その後も何度も諦めそうになったけれど筋トレと同じだと思ったら耐えられた。筋トレ中の、あの「ああ、もうやめたい」と思う感覚に似ていると思ったら、「ここからが大事」そう思えて。自分に言い聞かせて読み進めた。そうして、読み終える。

 

読み終えた感想は「100回は読まなせればいけない本だと思った。」だった。

 

読み終えなければ分からなかった感想だった。

 

100回読まなければいけない本なのだから、1回目を読んでいた私が「読めない」と諦めそうになるのも無理はなかったのだと思う。本当に「筋トレ」をした一冊でしかなかった。

 

 

本が好きだと言ったって、読めない本はたくさんある。

文字の小さすぎるもの。理論的すぎるもの。攻撃的なもの。説明の多いもの。むずかしい本はまだまだ読めない。確かに「読む」は「筋トレ」なのだと思った。

 

読めるようになるには、読む筋力を鍛えることなのだと身を持って感じた。

 

『読む筋トレ』

 

読まないような本を、毎日10ページ読む。

読まないような本を、毎日5分読む。

 

はじめてみようかと思う。好きな本を読み漁るだけではなくて、読まないような本を読む時間もつくってみようかって思う。

 

もっともっと知らない世界を、もっともっと知らない考えを、もっともっと自由を知るために。 

 

 

読むことも「筋トレ」なのだから。