あの島に移り住むまで

〜「好きな本から」を書きたくてはじめたけどいろいろ書いちゃってるブログです〜

ピッタリはまること

 

今更感が否めないけれど、昨日から『YOASOBI / 群青』にハマって聴いてる。

 


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iPhoneを新しくしたのを機に「YOASOBI」と「緑黄色社会」の曲をガッと取り込んだのだけど、今更ながらハマってしまった。テレビをつければ聞かないことはない二組の歌。やっぱりいい。

 

なんてことなくとにかく流し聴いてただけだったのに、あるフレーズが耳に入った時、声に出して「そうやなあ」って言ってた。

 

好きなことを続けること

それは「楽しい」だけじゃない

本当にできる?

不安になるけど

 

本当にそうだなあと思う。本当にそうだったなと思う。

 

好きなこと続けること「楽しい」だけじゃやっぱりなかった。そんなことは何であってもそうなはずで、そんなことは当たり前のことなのかもしれないけれど、本当にそうだった。本当にそうだったなと思うんです。ずっとずっと「本当にできるのかな?」「本当にこれでいいのかな?」そういう不安と、「好きだ!」「これだ!」という気持ちとで続けていたことが『好きなこと(歌うこと)』だったから。

 

何枚でも、ほら何枚でも

自信がないから描いてきたんだよ

何回でも、ほら何回でも

積み上げてきたことが武器になる

周りを見たって

誰と比べたって

僕にしかできないことはなんだ

今でも自信かなんかない

それでも

 

本当に、何回でも歌えたし何回でも自分の名前を言う練習ができた。どれほどボロボロに言われてもどれほど眩しい人たちに囲まれても、続けてきたこと、続けていくことが武器だと思っていたし、「私にしかできないことは何だろう」「私にしかないものは何だろう」そんなふうに周りを見て、誰かと比べて、考えた日々が『好きなものを続けていくこと』だった。結局「私にしかできないこと」なんてわからないままになったけれど、そんな日々も思い返せば楽しかった。

 

感じたことない気持ち

知らずにいた想い

あの日踏み出して

初めて感じたこの痛みも全部

好きなものと向き合うことで

触れたまだ小さな光

大丈夫、行こう、あとは楽しむだけだ

 

本当にそうだった。

「歌を歌いたい!」そう踏み出す日がなければなかったものしかない8年間だった。好きなものと向き合うことで触れられたものでしかなかった8年間。痛みも喜びも恥ずかしさも誇らしさも。結局私はその『好きなこと』を辞めてしまったけれど、必死だった日々思い出すと、ちょっとやそっとのハプニングではどうってことない。「楽しめばいいだけ」と思って過ごしてる。都合のわるいことも、都合のいいことも。

 

歌詞は少し戻るけど、

 

嗚呼、手を伸ばせば伸ばすほどに遠くへゆく

 

のところ。ここも私にとって“そう”だった。この世界は追いかければ追いかけるほど逃げていくものがたくさんある。だからといって追いかけなければ掴めるものはないので追いかけなくてはいけないのだけど、“追いかければいいってものじゃない”ってことも一つだったのだと思う。たまに「ハッ」となってみる。「ハッと」立ち止まっている。ただ追いかけているだけになっていないか。そういうちょっとのことが大事だったりする。サイクルしながら動いているから。この世界は、この世界の物事は。

 

一体何人もの人が「わかる」と思って聴いているんだろう。

一体何人もの人たちが「私みたいだ」と思って聴いているんだろう。

 

ああ、なんていい曲。なんていい歌詞。

 

そうしか思えない。

 

『YOASOBI / 群青』

 

MVも人じゃないのがいい。生じゃないのがいい。

 

『好きなものを続ける』ってこういうことなのだろうなと思う。「YOASOBI」を眺めてると。

 

きっと、ピタッとはまる必要がある。ピタッとはまることに鍵がある。人に、人の流れに、時代に、時代の流れに。ピッタリと。確かなことはわからないけど。

 

私は、そう思う。

 

私も、

 

もう今はあの日の透明な僕じゃない

 

そうなれていたらいいなと、

 

そう思う。