あの島に移り住むまで

〜「好きな本から」を書きたくてはじめたけどいろいろ書いちゃってるブログです〜

魔法で呪文「若くて、可愛くて、ごめんね」

 

昨日、年下の先輩がこう言ってた。

「『若くて、可愛くて、ごめんね』って思ってました。」

 

なんでも、前のバイト先で女性のお客さんから僻まれていたのだとか。イケメン好きの彼女は常連さんやイケメンのお客さんと仲良くなるのが得意だったらしいのだけど、それをある女性客からよく思われず、睨まれたりキツく当たられたりしていたらしい。そんな時いつも「こう思っていた」と。

 

それがこの言葉、

 

「若くて、可愛くて、ごめんね」

 

確かに彼女は、“若くて可愛い”。

 

特に男性には、魅力的な女の子かもしれない。華奢で、よく笑って、よく話して、イケメン好きで、フッ軽で、恋愛体質で、肉食女子だから。(ちなみに、優しくて、新しく入った私に気を配ってくれて、仕事が丁寧、しっかり働く女の子です)

 

今の姿から思うと、本人は前のバイト先でだってきっとただ「仕事」をしていたのだろうと思う。ただ純粋に、(その上で出会いがあったらラッキーくらいは思って話しかけていたこともあっただろうけど)お客様に楽しんでもらう接客をしていただけ。話しかけることも「仕事」だった、それをただこなしていただけ。だから、目の敵にされても困っただろうし、その悔しさを、その腹立たしさを、「若くて、可愛くて、ごめんね」と思うことで、中立を取ろうとするのは仕方がないことだったのだろうと思う。そう思うから、「そうだそうだ」と話に肯定をしめした。

 

本当に本心で「そうだそうだ」と思う。

 

そういう人には、それくらい思ってやればいい。

 

働いている人も人間なのだから。

 

お客様は神様だけど、お客様が神様になっていいわけではない。

 

だから本心で、年下の先輩が何度も言う「若くて、可愛くて、ごめんね」に共感する。

 

だけど、だ。

 

だけど、その反面で「危険だな」とも思った。

 

その言葉は、秘密兵器にしておくべき言葉だから。

 

言葉は必ず放った本人に返ってくるようにできている。

 

今の自分を保つためだけにある言葉は、いつか自分を苦しめる言葉になる。

 

 

「若くて、可愛くて、ごめんね」

 

 

だから、秘密兵器程度に、最終兵器程度に、しておいたほうがいい言葉だと私は思う。

 

なぜなら、それにはいつか終わりがくるから。そして、その言葉は、負けを掘ることにもなりえるから。

 

「若くて、可愛くて、ごめんね」

 

正直いえば、気持ちいい言葉。ムカつくことや、悔しいことを、吹っ飛ばすのに、威力を大きく持つ。そんな言葉。だけど、どんな人も若くて若くないこと、可愛くて可愛くないこと。若くて可愛いは当たり前だということ。

 

彼女のそれは「危険」だとも思った。

 

『若くて、可愛くて、ごめんね』

 

そう思って、世界に負けないように生き抜いていくことは素晴らしいことだ。そう思えること自体が「素晴らしい力」なんだから。それをエネルギーに戦っていける。それこそ「若さ」で、そう思える時期の「魅力」。

 

ただ「思うこと」と「振りかざすこと」は違う。

 

若さも可愛さも競う必要のないものだし、競った時点で、試合は終わっている。

 

『若くて、可愛くて、ごめんね』

  

その魔法はいつか溶けるから、

 

振りかざすことを覚えてはいけない。

 

競わないこと。競わないこと、競わされないこと、そっちを覚えていけた方がきっといい。

 

人はみんな歳をとる。人はみんな今が一番若い。

 

『若くて、可愛くて、ごめんね』

 

この言葉は魔法であり呪文。

 

言葉は諸刃の剣だから、心だけに置いておくほうがいいと思った。

 

そんな話、そんな言葉。