「みんな大変や。俺はいつも一礼一万円や思て頭下げてんねんや」
そう言った。車の窓越しに見えた景色に父が言った言葉だった。お店の前にお店の人たちが、その少し先に営業ごらしき人たちがいた。「どうも!ありがとうございました!」そう聞こえてきた。「お疲れさです!ありがとうございます!」と、頭を下げ合う人たち。そんな姿に父が漏らした。
「大変やでホンマに」
「俺もいつもああやって挨拶すんねや」
「ほんで、俺はペコリ一万円と思っていつも頭下げんねん。『おおきに!』で一万!その返事でまた「ありがとう」って言われるから、その返しにまた『おおきに!ありがとうございます!』で、また一万。俺のは1ペコリ1万円やで!」
ははは!と母と私は笑いながら
「いつもありがとう」
「ご苦労様です」と返した。
とても大事なことを教えてもらったと思う。仕事ってそういうユーモアが、そういう考え方が、とっても大事だと思うから。自分の価値を決めるのは、まずは自分だからこそ、大事なことだと思った。
そんな日の会話を『夫の彼女』を読んでいて思い出した。
このお話は、夫の浮気を疑った妻が相手の女性に会いにいき、身体が入れ替わってしまうところから始まる。身体が戻るまで、それぞれの立場になって崩さないように生活しようとしていくのだけれど、そのために妻は「会社での夫の姿」を見ることになる。
営業に向かないタイプだと思っていた旦那さんが外で働いている姿。
営業先に、会社の上司に、頭を下げて、家族のために働いてくれている姿。
「あんなの朝飯前だよ。土下座なんて簡単さ。石黒くんも結婚したらわかるよ」
そうやって話す夫の姿。
最後には「浮気ではなかった」こともわかる。本当に家族のために頭を下げてくれていたこと。そして夫はこう話す。
「そりゃどんな人間でも、長年サラリーマンやってりゃ変わるさ。会社で揉まれ続けていれば強いくもなるし、ずる賢くもなる。きれいごとなんて言ってられないよ。それに、大抵の男は、いざとなれば妻子のために汚い手を使うもんだよ」
私の父も言う。「丁寧すぎるお客さんもいれば、雑なお客さんもいる。下げたくない頭もあるけど、1ペコリ1万円やからな。なつに美味しいものを食べさせるためやからな」って。
自分のために働くことも大変だけれど、家族のために働くってことは、もっともっと大変だってこと。それってすごく有難いってこと。改めて考え直させてくれた本だった。私はお父さんではないし、養っていく家族もいないけれど、すごいことだってこと、有難いことだってこと、改めて考えるきっかけになった。
働くてすごい。
誰かのために働くってすごい。
世界って、社会って、大変で、すごい。
「1ペコリ1万円」をありがとう。
家族のためにありがとう。
私も今日から「1ペコリ1万円」で仕事しよう。