あの島に移り住むまで

〜「好きな本から」を書きたくてはじめたけどいろいろ書いちゃってるブログです〜

「祝福されない恋愛はしたくない」

 

あれはいつだっただろうか。友人が言った。

「祝福されない恋愛はしたくない。だって、絶対に幸せにはなれないから」

 

はっきり、そう言った。そう言い切った彼女は、その言葉通りたくさんの祝福に囲まれながら次の冬に結婚する。私はその子の言葉を、ことあるごとに思い出します。あまりにもはっきりと言い切ったその言葉を、その時の姿を。それはきっと、素直に「うん」と言えない言葉だったからだと思っている。

  

そんな記憶を思い出したきっかけは砂上 (角川文庫)を読みながらでした。

砂上 (角川文庫)

砂上 (角川文庫)

  • 作者:桜木 紫乃
  • 発売日: 2020/07/16
  • メディア: 文庫
 

 

主人公である「令央」には別れた旦那がいるんです。元旦那は外でつくった女と離婚後、再婚したのだけど、毎月の慰謝料で問題が起こります。この「令央と元旦那とその嫁」の問題は、複雑だけど“よくあるかもしれない”なと思いながら読んで、頭の中でよぎりました。

 

「祝福されない恋愛」という言葉が。 

 

最近までこの言葉が苦手でした。祝福されない恋愛がダメだとは、はっきりと思えなかった。恋愛は雷に打たれたようなものだというし、どうしようもないこともやっぱりあるのではないか、と。祝福はされなくても、どうしようもなくて、結ばれる恋愛だってあるだろうし、それは特に「彼氏・彼女」という関係なら、それもオッケーなのではないかって。大声でオッケーとは言えなくても小声ではオッケーと言えるのでは、と思っていました。

ただ、「不倫」だとしたら話は別です。それはどうなのかと思う。それには、賛成はできない。小声でも応援できない。結婚している相手がいることを分かって恋愛をする。それはお互いにルール違反だと思うから。「もう離婚するんだ」「もう夫婦仲は崩壊してるんだ」という場合であっても、そう言われても、そう思っていても。ルール違反だと思う。

 

でも、ないわけではない。これも事実。

でも、それがダメなのかはわからない。これも事実なのではないのだろうか。

 

その場合に無視できないことがあること。無視してはいけないことがあること。大事なのは、それを忘れていけないということ。だって、傷ついた人がいるのだから。傷つけた人がいるのだから。問題はまず、そこを無視してはいけないのだということ。

 

もし、それを「幸せにはなれない」というのなら、確かに

 

「祝福されない恋愛はしたくない。だって、絶対に幸せにはなれないから」

 

この言葉の意味は、その通りなのだ、最近少しずつ言葉の意味が理解できるようになった。  

 

長く一緒にいることを考えた時、“祝福されなさ”がずっと幸せの中にあるのだとしたら、幸せにはなりきれないというのも、そうなのかもしれない、と思う。その上で選ぶ「幸せ」であることは、仕方ないとを思って過ごすパワーがいる。

 

“そういう”恋愛は「それができるならば、」に限る。

 

何がよくて、何が間違っているのかは、分からないけれど。どうしようもないことだってあるのだろうけれど。だけど、そのどうしようもないときには人を巻き込むこともあって、それは「自分がそうしたいから」では理由にはならない。ただ、それだけは無視してはいけない。

 

それを、友人は言っていたのかもしれない。

 

祝福されなくても幸せな人たちだっているし、祝福されて幸せな人たちだっている。

 

誰かに認められるために、恋愛も結婚もあるわけではないのだから、別に考えすぎる必要はない。周りの目なんてのは、放っておけばいい。だけど、巻き込んだ人がいる。もしくは、巻き込む人がいるのだとしたら、その人のことだけは「関係ない」ではないこと。それを、忘れてはいけない。そういう話だったのだ、と最近ようやくわかるようになった。

 

それでも一緒になりたいと思える人と出会えたことが幸せとみるか、それでも一緒になった二人を「祝福できない」とみるか。

 

どちらにせよ、配慮はあるといいかもしれない。

 

 

「祝福されない恋愛」、、、分からない。だけど、分かる。

できることなら多くの恋愛が祝福されてくれたらいいなと思う。

 

 

思うことしかできないけれど、そう思う。