あの島に移り住むまで

〜「好きな本から」を書きたくてはじめたけどいろいろ書いちゃってるブログです〜

空から見ればアリみたいな私たち。

 
初の海外旅行、帰りの飛行機を思い出す。
 
 
がらくた (新潮文庫)

 

目を閉じて、私は言った。東京での普段の生活のなにもかもが、ほとんど思いだせないほど遠い。いまもそこにいるはずの人々____友人たち、知人たち___はみんな、架空の存在に思える。もちろん、夫を除いて。

 

 

これを呟いているのは、「柊子」という女性。柊子は母と二人でプーケットに旅行に来ている。そんなとき、日本にいる旦那を想ってこの言葉(引用部分)を呟く。

 

私にも覚えがある。思い出す記憶がある。

はじめて海外へ旅行に行ったとき、その飛行機で同じようなことを思った。今、私は空の上にいるのに、いつも顔を合わせているあの人たちはいつもと同じ生活の時間の中にいるんだなあ、と。私がいなくても、いつもの人たちのいつもの日常は、いつも通り動いている。

 

その感覚には力があった。

 

「小さなことに振り回されるな」という力をくれた。

 

私が普段、迷ったり気にしたり悩んだりしていることなんてこの空から見下ろせばアリのようなもの。誰も気づかない。小さな小さな世界に追われて気づけないだけで、日常はとても小さな世界の出来事だったんだなあと思った。

 

「何をここまで悩んでいたのだろう」

 

なんだか急に狭く生きていることがバカみたいに思えた。

人が生きている世界なんて、空の上から見ればアリみたいなもの。何をそんなに恐れていたんだろうか。何をそんなに守ろうとしていたんだろうか。空を飛んで海を越えれば、世界はどこまでも広がっている。何も怖くない!!

 

4時間の移動時間で何度も何度もそれを感じだ。

 

「海外旅行」というのは、「日本を出る」というのは、そのためにあるのかもしれない、と思ったくらいに、とても重要なことを感じていると思った。今、思い出してもその感覚は大事なものだったとおもう。

 

私たちは、つい視野が狭くなるけれど、ついつい目の前の世界しか見れなくなるけれど、世界は広い。世界は大きい。時間はもっと大きい。いつもの生活、今の生活、ここでのこれまでの生活、ここでのこれからの生活、その世界。そんな世界に飲み込まれるのはもったいない。大きく大きく生きたって、小さな小さなものだ。空から見ればアリみたいなもの。想像よりどんと楽しんだって、気づかない。

 

毎日外を歩いてもアリを見るなんてことがないように。しゃがんでよくみないと見つけられないように。

 

私一人「自由」に生きたって世界は何も変わらない。

 

思いっきり楽しんだって、思いっきり喜んだって、思いっきり自由に謳歌したっていい!!何も怖がることはない!!だって、みんな小さな小さなアリみたいなものなのだから。

 

好きなことをすればいい。

自分に集中して、自分の人生に集中して、ただ楽しむことを考えればいい。

ただ、それだけでいい。

 

そう思った。そう感じた。飛行機の時間。

 

そんな時間を思い出した文章だった。

 

最近また、こわがりすぎている気がするから。最近まて、気にしすぎている気がするから。最近また、守りすぎている気がするから。小さく小さく縮こまっているような気がするから。

 

頑張れ、わたし!!思い出せ、わたし!!

 

羽ばたけ、わたし!!