あの島に移り住むまで

〜「好きな本から」を書きたくてはじめたけどいろいろ書いちゃってるブログです〜

野いちご、中学生、ブックオフ。

 

夜が明けたら、いちばんに君に会いにいく

 

 

最近『夜が明けたら、いちばんに君に会いにいく』という本を読んだ。表紙の色とタイトルに惹かれ手にとったこの本は「恋愛小説」らしかった。著者のプロフィール欄に“現在も野いちごで活動している”と。懐かしい響き。中学の頃を思い出す。

 

中学の頃「恋空」から始まり“ケータイ小説”が流行った。ポエムや恋愛小説や恋愛ソングに何かと心動く年頃。携帯で恋愛小説を読む女子は多かった。横書きの本。「泣ける」というコピーに洗脳され「泣いた」「泣けた」「やばかった」。みんな同じように「泣ける感受性」をアピールしていた記憶がある。たいてい“野いちご”からの作品だった。

 

恋愛を意識するようになる年頃。か弱いヒロイン、守られるヒロイン、愛されるヒロイン、事情ある生い立ちを持つ登場人物、かっこいい男の子、優しい男の子、根が優しい男の子、彼女に優しい男の子、真反対にいるような男女が惹かれ合う物語。確かに、胸を打つのかもしれない。

 

私も憧れた。あの頃は。

 

今も好き。今も憧れる。読む中で頭の中で想像する。

「こんな可愛いヒロインになりたい」

「こんな可愛いヒロインのような女の子になりたい」

 

だけど、大人になって変わっていく。

 

どちらかといえば、「自分で立つかっこいい女性になりたい」だ。

 

そんな主人公に憧れる。

本心はそんな主人公になりたいと望む。

 

自分があって、他者がある。

自分を想って、他者を想う。

自分で立って、他者と立つ。

 

逆風でも追い風でも「自分であること」を思い出していく姿や貫き通すようなそんな「人」の姿に心動く。「幸せ」の価値観は自分で決める。女としての。カップルとしての。幸せな女としての。幸せな人間としての。

 

中学の頃に、(周りで)はやっていた作品たちを思い出して、そんなことを思う。そして、それらと同じような匂いを最近はSNSから、特にインスタグラムから感じている。

 

ちなみに、『夜が明けたら、いちばんに君に会いにいく』は、私の想像と少しちがった物語だった。軸に「恋」があるけれど、主人公の「茜」が、自分を拾っていくお話。自分と正反対の「青磁」を目の前に気づいていく。思い出していく。隠し続けた自分を。出せなくなった自分を。マスク依存症の女子高生「茜」がマスクを外せるようになるまで。そんな作品だった。

 

「隠すな!吐け!言え!」

 

青磁の言葉は、茜ではなく、私に言っているかのようで、少し苦しかった。

 

そう思うのはきっと、私だけではないだろうと思う。

 

これは、本心を見せきれない、繊細な心が多く広くなっているような“今”、おすすめしたい作品かもしれない。そして、マスクが当たり前になったこの時代、必要な作品かもしれない。もしかしたら「茜」のような子が増えることもあるかもしれないから。

 

だとしたら、多くの人に読んでほしい。

 

「時間は今しかないのだから」

 

 

最後に。

この本を手にとって“野いちご”という文字をみた時、思い出したのは「赤い糸」という小説だった。「あの本、もうブックオフに並んでるだろうなあ」と思った。恋空と同じ頃に流行った作品。この本だけ持っていたけれど、読み終わる前に飽きしまって、友だちに貸した。そんなだったので、貸したことも忘れた。別にいい。だけど、多分、ブックオフに並んでいるのだろうなとだけ思う。

 

みいちゃん家から、ブックオフに。