あの島に移り住むまで

〜「好きな本から」を書きたくてはじめたけどいろいろ書いちゃってるブログです〜

「書く」臓腑を見せる覚悟

 

最近、この本を読んだ。

マイストーリー 私の物語

マイストーリー 私の物語

  • 作者:林 真理子
  • 発売日: 2015/09/07
  • メディア: 単行本
 

 

林真理子さん『マイストーリー 私の物語』という本。

そこにこんな言葉が書かれている。

 

「ものを書き始めたら、最後まで書くなんて誰だってできます。大切なのは自分の臓腑まで見せる覚悟があるかどうかだそうです。私もこの意見に賛成です。」

 

これは、自費出版で本を出そうとしてる芥川賞作家の実母が言う言葉。芥川作家である娘から頼まれた編集者が「少し書きすぎなのでは、、、」と止めようとするのだけど、それを察した母は、そうさせまいとこう言う、それが上にある言葉。

 

話は変わって、私は作家さんのエッセイが好きでよく読みます。作家さんが書く“日常の視点”はとても面白いから好き。誰にでもあるような日常なのに、その“捉え方”がその“着眼点”が面白いんです。そうして、エッセイをいくつか読んでいると、“作家という仕事について”書かれていることがたまにある。「どうしたら作家になれますか?」とか「作家になるには何が大事ですか?」とか、よく聞かれるのだろうなと思う。

 

そこでよく見るのが、まさに臓腑をみせる覚悟(全てを見せる覚悟)についてで。本を書くということは、臓腑をみせるくらいの覚悟でさらけ出すことだ、というのを言葉は違ってもよくよくみる。

 

 

例えば、本田健さんと櫻井秀勲さんの『作家になれる人、なれない人 自分の本を書きたいと思ったとき読む本 (きずな出版)』にもこうあった。

 

 

私が作家になる前に、

「作家になるには何が必要ですか」

とある方に聞いたことがあるのですが、その人から、

「千人の前でスッポンポンになって裸踊りになっても落ち込まない才能が必要です」

ということが返ってきて、自分にはムリだ!と思ったことを覚えています。

 

千人の前でスッポンポンになっても平気なくらいの気持ちで、千人のまで裸踊りするくらいの気持ちで、書く。それくらいの覚悟がいる。と。

 

ブログを書くことと本を書くことは全然ちがうけれど、ブログを書く私にも刺さる言葉だった。

 

「書く」ということはそういうことなのだろうなと思う。

 臓腑をみせるように惜しみなく書く。それが「書くこと」なのではないだろうか、って。

 

 

それはとても難しい。いろんなものを振り切らないといけないし、勇気と覚悟と度胸がいる。

「批判されるかもしれない」「誰かを傷つけるかもしれない」「人の態度が変わるかもしれない」そういうものを、振り切っていく必要がある。

 

だからこそ、「作家さん」は書くプロなのだと思う。

だからこそ、「本を書く人」をすごいなあと思う。尊敬する。

 

どうせ「書く」のなら、自分の臓腑まで見せる覚悟でチャレンジしてみるのもアリのかもしれない。なぜなら、それが「個性」のはずだから。それこそが、面白い言葉を創るポイントとなるはずだと思うから。

 

「臓腑をみせる覚悟で書く」というのは、もしプロではなくても、もしプロになりたいと思う気持ちはなくても、「書く人」に共通して大切なことなのではないだろうか。

 

 

どう書けばいいのか、どう書けばまとまるのか、どう書けば読みやすいのか、、、

悩んだ時には必ず思いせるようにしておきたい。迷った時には必ず思い出したい。

 

大切なのは自分の臓腑まで見せる覚悟があるかどうか

 

この言葉を。