あの島に移り住むまで

〜「好きな本から」を書きたくてはじめたけどいろいろ書いちゃってるブログです〜

「できなかったこと」と同じだけあるもの

 

20代で得た知見

「弁護士にはなれなかったけど、

 誰かを言葉で守り倒すことはできるんじゃないのか」

「翻訳家にはなれなかったけど、

 言いにくいことをいうことはできるんじゃないか」

「恋人にはなれなかったけど、

 最高の悪友になることはできるんじゃないか」

 


 

「なれなかった」ものは多い。

歌手になれなかった。あの人の1番になれなかった。友達になれなかった。思い描いた華やかな人生は手に入らなかった。みんなと同じように働いて生きていく事がなかなかできなかったし、嘘と一緒にしか生きていくことができなかった。思い返せば「できなかったこと」ばかりに占領されてきた人生だったかもしれない。勝手につくりあげた「できないこととそれ以外」の世界や、勝手に積み立ててきた「できなかったこととそれ以外」という小さな小さな世界の中で、幸せになろうと、楽しもうと、努力してきた。そうだった自分に「確かにそうかもしれない」と改めて思った。この(上の)文章を読んで。

 

だけど、こうも思った。

 

「できなかったこと」は「できること」に変換できるアイテムだったんだってこと。「〇〇できなかったこと」は全部、「〇〇はできなかったけれど、〇〇ならできるんじゃないのか」ってふうに変換できるってこと。そして、変換できさえすれば、変換する方法さえ知っていれば、「できること」が誰にだって見つかるってこと。こんな私にもコンプレックスと同じだけチャームポイントがあるってことがわかった。「私にできること」は、「私にできなかったこと」と同じだけ存在しているから。

 

私は、歌手になる事はできなかったけど、なれなかった人の世界を私は知っている。だからこそ伝えられることがあるんじゃないのか。共感することができる心があるんじゃないのか。歌を歌って生きていく事はできなかったけれど、歌を歌って表現したかったことをほかの方法でしていく事はできるんじゃないのか。その方法を伝えることはできるんじゃないのか。友達に囲まれて生きていく事はできなかったけれど、そうじゃなく在る事の楽しさを言葉にして肯定していくことならできるんじゃないのか。

 

「できなかったこと」は全部「〇〇ならできる」ということでもある。

 

私は思う。もしここに、今ここで、本気で向き合うことができれば、これまでの世界を少し変えていくことができるのかもしれない。これまでいた世界の殻を破っていけるかもしれない。今被さっているこの殻をぶち破ることができるかもしれない。もしここに、今ここで。本気で、向き合うことさえできれば、ほしい未来の方向へ、今じゃない未来の方向へ、勢いをつけていけるのではないか。

 

最近モヤモヤしています。何かが最悪になったわけではないけれど、何かが最高になったわけではない、この(私の)世界に。パッとしなさを感じている。なんだかつまらない。ありがたいことなのに。ありがたいことに今までで一番「いい」世界を過ごすことができているのに。いい環境で過ごさせてもらえているのに。なのに何故だかモヤモヤする。自分に都合「いい」 感覚が、毎日の「わるくない」感覚が、「よくもない」感覚が、なんだか心地わるくてパッとしない。なんだか毎日パッとしないのです。楽しくなくもなく、楽しくもない。その感覚は、これまで大好きだった「書くこと」にもあらわれていて、「読むこと」にもあわられている。それがすごくイヤです。

 

すごく幸せなはずなのに。

 

手放したくなっている。抜け出したくなっている。変わりたくなっている。

 

楽しく働いて、稼いで、美味しいものを食べて、好きなものを買って、たくさん寝て、最高に過ごせているはずのに。

 

だから、掘り下げてみようかと思っている。これからしたいこととか、これからのために変えていきたいこととか、するべきこととかを書くよりも。「できなかったこと」たちを書く。

 

数年間「ふつう」に働いて生きることもできなかったけれど、だからこそ、働くことの大変さを知っている。働く人のすごさを知ってる。「働かない」という言葉と「働けない」という言葉のちがいを私は知っている。「できない」という言葉の、本当の「できない」という意味を、私は感覚から知っている。これまでずっと細くはなれなかったけれど、どうしても細さにこだわってしまう世界を誰よりも知っている。「できる」と「できない」の意味、「やらない」と「やれない」の意味を感覚から知っている。世間の「ふつう」を追いかけることはできなそうだけれど、だからこそ「そうじゃないほう」の選択が上手になった。捉え方、考え方が、上手になったと思う。だからこそ、誰もが「ふつう」ではないのだってことを本気で頷ける。

 

もっともっとある。ここには書けないような、ここには書きれないような、できなかったこと、なれなかったもの、手に入らなかったもの。 

 

今だからヒットした文章。

 

今だからこそヒットした文章。

 

ありがたくて幸せなはずの現状にモヤモヤを感じている今の自分にヒットした、今いる世界が心地わるく思うことがある今の自分にヒットした文章。

 

20代で得た知見』という一冊の166ページにある文章。