あの島に移り住むまで

〜「好きな本から」を書きたくてはじめたけどいろいろ書いちゃってるブログです〜

孤独とは可哀想なものではない、美しいもの。

 

 

目線をパッと上げた先にいた一冊を直感で借りた。

それがこの本思えば、孤独は美しい。

ただシンプルにタイトルに惹かれた。

 

思えば、孤独は美しい。

 

最近、こうした「孤独」をポジティブに捉えられる言葉に惹かれてしまう傾向があるような気がしている。それはきっと、私自身が「孤独」を素晴らしいものと考えているからなのだと思う。

 

この「思えば、孤独は美しいという言葉は、タイトルだけではなく本中にもあります。

 

 

思えば、孤独は美しい。

孤独とじっと向き合った人だけが、本人なのである。

 

 

こんなふうに書かれてる。

 

私は頷く。私もそうだと頷く。

「そうであってほしい」とも思う。

 

一人を望むのは、独りを欲するのは、「本人」を知りたいからだ。と、まさにそう思っているから。そう言い聞かせながら「一人」を選び楽しく過ごしているから。

 

この言葉は寄り添ってくれる、救ってくれる。今の自分を肯定してくれる。

だから、惹かれたのかもしれない。

   

ひたすら本を読んで、考えて、寝て、食べて、書いて。

とにかく“一人”でいたい。

むしろ“一人”でいいとすら思ったりもする。

 

そんな「私」を心配する目を感じる。何となく感じるその目が痛い。かわいそうに思う人もいるかもしれない。実際、そう思われているような空気を感じるから、きっとそうなのだと思う。

 

こんなに一人を望んでしまって、

今の時点(年齢)ですでに一人を望んでしまって、

 

この先大丈夫なのだろうか?

 

そう思って不安で泣きそうになることもたまにある。けれど、自分を知るにはこうした過ごし方しか思い浮かばない。「自分でいる」ためには「自分である」ためにはこうした過ごし方しか思い浮かばない。

 

ブレないようにするには、こうした過ごし方が一番合う。

 

だから、一人を選びたくなる。

 

「一人」は孤独だし、

「本を読む」ことも孤独だし、

「考えること」も孤独だけれど、

「孤独」の先に「本心」が「本人」がいるのも確かだから、私はそちらを選ぶ。

 

人に磨かれることだってたくさんある。

人に揉まれて磨かれる「自分」もたくさんある。

だけど、その前に「自分」は自分にしかないのだから、「一人時間」がまず大事のはず。

 

だから選ぶ。

 

「思えば、孤独は美しい」 

 

この言葉に救われながら今日も選ぶ。

 

美しさとは、孤独の先にあるのだから。

孤独が自分を知る作業の出発地点であるのだから。 

 

孤独は悲しくもかわいそうでもないのだから。

孤独の中に楽しさもたくさんあるのだから。

 

 

思えば、確かに、孤独は美しい。