あの島に移り住むまで

〜「好きな本から」を書きたくてはじめたけどいろいろ書いちゃってるブログです〜

何もないわけでも、死んだわけでもない。

 

 

いいからしばらく黙ってろ!

「私だって、死んだようなものです。来月から無職になるし、友達もいないし、彼氏もいません。だから卒業式に一人でここにいるんです。一人ぼっちなんです。このまま墓穴に転がり落ちて、埋葬されるみたいな新生活が待ってます」


 

22歳の時、私は1度死んでいる。心が。それまでの自分が。死んでしまった。

 

そんな私と、

 

私だって、死んだようなものです。来月から無職になるし、友達もいないし、彼氏もいません。だから卒業式に一人でここにいるんです。一人ぼっちなんです。

 

こう話す「富士」は、何だか似ているなと思った。

 

大きな会社の令嬢として生まれた主人公の「富士」。双子の姉と兄、双子の妹と弟の間に生まれた富士。親の会社で働く予定が、婚約者に婚約を破棄され、しばらく家にいなさいと言われた、来月から無職になる富士。友達だと思っていた人たちに卒業式の日「友達と思ってなかった」ことを知らされた富士。

 

私も、自営業で社長をしている親の娘として育ってきた(富士のような大きな会社じゃない)。三姉弟の一人目として何の苦労もないまま育ててもらった。小さな頃から友人は少ない。これといって好きな人もいない、彼氏という彼氏もいない。ニートみたいな生活。唯一の光は「音楽でやっていく!」という心だったけれど、それも22歳になってすぐ、打ち砕かれてしまった。

 

何もなかった。

 

やっぱり富士と私は少し似ていると思う。

 

卒業式の日、友人だと思ってた人たちから酔った勢いで「本当は嫌いだった」と言われた富士。仕事もない、恋人もいない。帰るところもない。そんな自分を「死んだようなものです」という富士。何もない富士。

 

何もないと思ってる富士が、

 

何もないわけじゃない。死んだわけでもない。

 

と気づきはじめるのは、「令嬢」だとか、「友人・彼氏がいない」だとか、「ニート」だとか、関係ない場所だった。自分が生きてきた囲いの外でだった。

 

双子に挟まれた自分が嫌だったのに、嫌だった自分が必要とされていく。

 

新しい世界で「富士」が「富士」として築き上げられていく。

 

私も、そうだった。死んだ心が息を吹き返したのも“そんな感じ”だったような気がする。「何もないわけじゃない。死んだわけじゃない」と思えるようになったのも、そんな感じだった。

 

ここ(音楽の世界)がいい!って自分を緩めた先で、「私」が「私」として必要とされる世界もあるんだって知った。

 

私は、自分のことを人にさらけだせない自分が嫌いだった。キラキラした友人たちのように口数は少ないけど信頼してる人にはよく話しなんでも話せる人になりたいって思ってた。だから、自分のことをさらけ出せない自分がずっと嫌いだったけれど、だから書けるって分かった。話せなくても「そんなこと考えてたんだね!」ってSNSを楽しみにしてくれる人がいることに気づけた。

 

嫌いな自分が活かされる場所を知って、嫌いだった自分が好きになった。

 

富士のように仕事につながっているわけではないけれど、書くようになって、生きてることが楽しくなったし、生きている感覚が、息をしている感覚が、書くようになって戻ってきた。

 

22歳の時に22歳までの自分が死んで、24歳になる時、新しく始まった自分が「今」。

 

すごく楽しい。

 

友達が少なかったことも、ニートだったことも、慎重で臆病だったことも、「だから必要」という場所が必ずあるのだと今は思える。

 

嫌いな自分が活かされることこそ「自分が自分らしく」なのかもしれない。

 

何もないと傷ついてる富士に。死んだようなものだと漠然としている富士に。何もないわけ、死んだようなものなわけなかった姿を見て、そう思った。

 

いつからだって、何度だって、人はきっと新しい息を吸って吐いていける。

 

そう思う。

 

ポイントは、「思ってた自分」 を捨てること。もしくは、「富士」の姿にならうこと

 

......かも???

 

いいからしばらく黙ってろ!

いいからしばらく黙ってろ!