あの島に移り住むまで

〜「好きな本から」を書きたくてはじめたけどいろいろ書いちゃってるブログです〜

感情を、勇気を、命を、出し惜しみしている暇はない

 

1年後、3年後、5年後を考える、、、

 

いったい私はどうなってるんだろう?

 

そしてこれを、年齢に当てはめて考える。27歳、29歳、31歳、、、

 

不安になってくる、ため息をつきたくなる。

 

どうなっているか、どうなれているか、想像もつかない。

ちゃんと生きれているのか、ちゃんと生き残れているのか、今と変われているか、今と変わっていないのか、今のように幸せか、それとも、今よりもっと幸せか、、、

 

どうなっているんだろう?

 

ほしい未来を書いてみることはできるのに、ほしい未来を確信することには自信はない。度々、知れもしない、見えもしない、分かりもしない未来のことを考えて、ため息が出そうになる。

 

 

そんなとき、思い出す言葉がある。

「“今日を淡々と生きる”ことだけしてみたらいいよ」

 

私はこの言葉をことあるごとに思い出す。

将来に不安になって迷って悩んでいた時、

当時お世話になっていた方から掛けてもらったこの言葉を。

「そうすれば、未来への不安なんて吹っ飛ぶから」と言っていた。

なぜなら、未来に悩むなんて意味はないからだって。

人は、当たり前に明日がくるからすぐに忘れてしまうけれど、明日があるとは限らない。明日目が覚めるかは本当のところ分からない。人生がいつまでかなんて誰にもわからない。誰にでもいつか終わりが来る。だから、今日までかもしれない人生を淡々と生きていればいい。

 

とにかく今日1日を生き残ることに集中する。

 

そうして眠る。そうして眠る前に、

「ああ、今日も生き残れた、お疲れ様」と言う。

 

それだけで充分だと。

 

だから私は、今日と明日以外の未来を思って不安になった時、思い出すようにしている。今日と明日以外の未来を思って不安になることが続くような時、思い出せるようにしている。

 

「今日を淡々と生きる」という言葉を。

 

「今だ!今!」と、

 「未来も大事だけど、今だ!」と、ベクトルを“現在”に合わせることを。

 

 

この本にもこうあるから。

 

 

明日死ぬかもしれない。

これを言ったら恥ずかしいとか、

クサいなとか、イタいなとか、

そんなことを言っている場合じゃない。

湧き上がる感情を、勇気を、命を、

出し惜しみしている場合ではないのだと思う。

  

 

「やっぱり、どの人生も今日これから何が起こるか分からないのだ」と改めて思う。未来をどう想像したって、結局は、今日を生き残ることしか私たちにはできない。明日何があるか、何が起こるか、分からない。終わってしまうかもしれない。だったら、今日のうちにこの命を出し惜しみなくやり遂げるしかない。

 

未来を想うことも大事だけど、今しか、もうないかもしれない「時間」を惜しみなく使うこと。これしかない。未来を想ってできることもそれくらいしかない。

 

やりたいことをやる、言いたいことを言う、会いたい人に会う。これ以上に優先するべき事柄はあるだろうか。

 

こう思って惜しみなく過ごすことしか。

 

できるだけ、後悔ないよう “今” やりたいことをやって、言いたいことを伝えて、会いたい人に会いにいくことしか。

 

できるだけ、出し惜しみなく。  

湧き上がる感情を、勇気を、命を、

「イタイかも」とか

「クサイかも」とか

出し惜しみなく今日のうちに残しておくしかない。

 

 

それすらもむずかしい世の中ではあるけれど、不安になりすぎるよりも、感謝を忘れすぎないよう過ごせたほうが、きっといい。

だから、今日までかもしれない人生を“できるだけ”惜しみなく過ごすことに注いでいけたほうがきっといい。

 

 

一瞬のことでも、不安はどこかに消えるから。

いつの間にか、ため息もどこかに忘れてくるから。