あの島に移り住むまで

〜「好きな本から」を書きたくてはじめたけどいろいろ書いちゃってるブログです〜

世界と私にあるズレ

 

世界と私と、私と世界と。

流れているものが、「全くちがう」と感じることがある。

世間の常識と、社会の常識と、目の前の人たちと、私と。

流れているものが、「全くちがう場所にある」と感じることがある。

 

みんなすごい。

 

私には“そう”は生きられない。

 

そんな自分が、数年前までコンプレックスでしかなかった。将来を見渡してみんなと同じようにできそうにないこと。みんなと同じように生きていけそうに思えないこと。みんなと同じように納得して諦めて受け入れて、立ち向かって、生きていけないこと。

 

コンプレックスは、1日1日を生き抜いていくたびに深くなっていくような気がした。

 

“そう”感じていたことをやっとの思いで話せた友だちから、こう言われたことがある。

 

「よくそんなこと考えてるなあ」

「そんなこと、周りの子たちは考えたこともないと思うで」

「やれ恋愛や、結婚や、お金や、仕事、ってそれし考えてないから!」

 

もっと力抜いて楽に生き〜!」

 

......うん!????

 

楽して生きていることを悩んできたんだけど........

 

楽してしか生きてないことをコンプレックスに思ってきたんだけど.......

 

...........うん???...........あれ????.........これ以上.......楽に生きて..........

 

.........いいの?? ........?

  

そして気づいた。「馬鹿だ」としかならないことに。何年も何年も自分を否定して、否定し疲れるほど苦しんだ道のりも、そんなに意味は持たないのだと気づいた。そうしたら、諦めるしかなかった。そこから、諦めることを覚えた。まわりの人たちのように生きれないことを否定することも、目の前を通り過ぎていく人たちのように生きていこうとすることも、全部やめた。

 

諦める。

 

だから、こうしか生きれない生き方で生き抜いていこう。

  

そんな自分を自分だけは大事にしていこう!!

 

「同じ」は諦めよう。「ちがう」も諦めよう。誰かと私ではなくて、こんな私だからこそ生きていきたこの人生を、生きていくこの人生を、私だけは大事にしてあげられるようにしよう。

 

そう諦められるようになってから、随分と楽になった。私と世界にあるズレに対して。アルバイトをしてる自分も、副業している自分も、親の脛を齧っている自分も、どうしようもないやつだけど、可愛く思えるようになった。

 

自分を可愛く思う存在は、まず自分ではなくてはいけないことを思い出した。

 

世界と私と、世間と私と、私と周りの人たちと

 

全くちがう。そんなことは常にある。そんなことが山ほどある。

 

全くちがうものが流れた人生。全くちがわないものが流れた人生。

 

それでいいのだ。

 

「ズレ」といえば、最近気づいた「ズレ」がある。

 

それは、私の夢の話。

 

私には2年後に移住したいという目標がある。とてもいい場所。とても人気のある場所。旅行に行くと聞けば、必ず人が「いいなあ」というような場所。2年前の夏訪れた時、その場所に私は「住む」と思った。「住む」って決めた。

 

「あっちでのことが色々片付いたら、ここに必ず住もう」

 

滞在中、そう決めた。

 

ずっと、そう思ってることが“ふつう”だと思ってた。みんな、そう思ってるものだって。それが“ふつう”だろうって。だって、お金もない、仕事もない、こんな私がそう決めるのだから、みんなこの土地に「住みたい」と思うものだろうって思ったから。みんな住めるものなら、住みたいって“みんな”思ってるでしょ!って。

 

そうじゃなかった。もちろんだけど、そうじゃなかった。そうじゃないことに、最近ようやく分かった。きっと、「2年後までにあそこに住むって決めてるの」と公言するようになったことがきっかけだと思う。

 

みんな、今生きている場所が好きなのだと知った。疲れている割にこの騒がしい街が好きなのだと知った。便利なこの街を離れて過ごすことは考えられない。大体の人がそう言う。

 

「『旅行したい場所』であって『暮らしたい場所』ではない。いい場所だけど、ここが好と。99%(1人だけ、場所は違うけれど、似たような考えを持ってお金をためている男性がいました)。99%の人が、今生きているこの場所がずっと暮らしたい街だと考えているのだとわかった。

 

不思議だった。とっても新鮮だった。

 

そうか、みんなここが好きなんだ。

 

私とみんなと。みんなと私と。違うのだ。

 

あそこに住みたいっていうのは、ほとんどの人が思うことだと思ったのに。

 

ちがうんだ。みんなはここが好きなんだ。

 

私みたいなのが稀なんだ。

 

その「ズレ」に、ようやく理解することができた。

 

私にある夢だった。私だからある夢なのだと分かった。 

 

「結婚とか願望ありますか?」

 

.......

 

「いや、それよりも優先順位は移住かな」

 

.......

 

すごく驚かれるけれど、私からすれば、それこそ違和感であり、不思議だ。

 

そんなに不思議なことなんだろうか、、、

 

確かに「結婚」や「出産」や「家庭を築くこと」は、「幸せ」だろうけども、あんなに結婚しない生き方も肯定しようという時代に、そんな時代の割に、「結婚、結婚」と焦ったり考えたりしている世界は、その濃さは、不思議には感じないのだろうか、、、、

 

そう考えてしまう。

 

世間と私と、私と地球と、周りと私と、私と常識と、にあるズレ。

 

私がズレか、私以外がズレか、わからないけれど。

 

山のようにあるそれは、すごく面白い。私のそれも、世界のそれも、否定することを諦めれば全て、面白く思える。

 

みんな同じで、みんなちがう。

 

そのことに気づく。

 

世界に住むと。