私の世界のうちとそと

〜「好きな本から」を書きたくてはじめたけどいろいろ書いちゃってるブログです〜

必要のない「可愛い」について

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最近仲良くなった男の子に「“可愛い”」と言われた。いくつになったって「可愛い」と言ってもらえることはやっぱり嬉しい。めんどくさい中毎晩保湿をして(しかも全身)、髪を乾かして、毎朝欠かさずメイクしている。月一の美容院に、二ヶ月毎のまつ毛パーマに、季節ごとに買い変える服。それが決して女の子に限った話じゃなかったとても、そういう小さな積み重ねに対して言葉をかけてもらえることはやっぱり嬉しい。どうしても嬉しい。心で思ってくれるくらいなら、ぜひ口にだして思ってほしいって思う。また頑張れるから。そう思う。

 

けど!!

その日の私はその言葉を素直に喜べなかった。彼が言ってくれたその「可愛い」を素直に喜べなかった。

 

理由は、彼が言葉の後に、

『可愛いって言ったほうが(女の子は)可愛くなるしな』

と言ったから。

 

嬉しいはずだし、楽しいはずなのに、しばらくそこから心の中はモヤモヤで溢れちゃって仕方がなかった。その一言だけは自分の中で止めておいてほしかったなと思う(笑))

 

まず、確かにそうだってことは伝えておきたい。私自身、溺愛している7つ下の弟には小さい頃から何度も話してきたことだったりする。「女の子には優しい言葉を言ってあげるんだよ」「女の子には無責任な言葉を(特に容姿のことで)言ってはダメだよ」。理由は、私自身がそこに人一倍小さい頃から傷ついてきたから。

 

「可愛いね」

「綺麗だね」

「素敵だね」

 

やっぱり嬉しい。それだけのために頑張ってるわけではなくても、力になる言葉。そう掛けてくれた相手にまた会うときはいつもより力を入れて整えて出かけるし、また素敵だって、どんどん素敵になるねって思われたいから頑張って準備する。

 

『女性は「可愛い」と伝えた方が綺麗になる』

 

この考え方は素敵なことだと思う。

 

だけど!!なのだ。

 

だけど、その日は気になってしまった。

なぜか、彼の言葉は違和感でしかなかった。

どうしても「嫌だ」と思う気持ちを無視することはできなかった。

 

「言っておけばいいのだろう」という心が嫌だった。

「女はこうなのだろう」という目線が嫌だった。

 

もしかしたらこれが“友達”という関係性だったらもしかしたら気にならなかったことなのかもしれない。“友達”として“女性”についての話をしているのだったら、きっと気にならなかったのだろうなと思う。だけどそういうわけではない関係性で、私がその「言っておけばいいのだろう」と扱われる立場に立たされた時、とてつもなく必要のない「可愛い」だと思った。意味のない「可愛い」という言葉だと思った。

 

 

『可愛いって言ったほうが(女の子は)可愛くなるしな』

 

 

そんな、「可愛い」が嬉しいわけではないんです。そんな、「可愛い」が欲しいわけでもないのです。そんなものだったらむしろ必要ないんです。だって女の子はみんな可愛いんです。外側から言われなくたって可愛いんです。私は「可愛い」のです。

 

そんな「可愛い」のために私たちは頑張ってない。自分のために頑張ってる。その延長に好きな人が、好きになる人がいるというだけで。自分以外の人と過ごす時間にも自分自身のことを好きでいるために毎日努力してる。その先にもらえると嬉しいのが外からの「可愛い」って言葉。

 

そうなんだよ。