あの島に移り住むまで

〜「好きな本から」を書きたくてはじめたけどいろいろ書いちゃってるブログです〜

そんなふうに呼ばれたこと一度もないのに

 

 

母親ウエスタン (光文社文庫)

「どうなの、弥太郎君は」

昔は弥太郎と呼び捨てにした。

君をつけるのは、付き合い出した当初の呼び方だ。

   


 

別れたカップルが久しぶりに会う場面で書かれた文章。

いろんな事情はあったけれど、就職がきっかけで別れてしまったこのカップル。もしいつか、彼から「仕事で〇〇にに行くことになったからついてきてほしい」と言れることがあってもついていけるよう「教師」という職業を選んでいた彼女(学校はどこにでもあるから)。なのに、それを知らないまま別れを告げてしまった彼氏。「せっかくこれから夢を叶えていくのに」と、遠くに行こうとする彼女を引き止められなかった。しばらく経って後悔する。会いにいく。すると、久しぶりに会った元彼女は「弥太郎くん」と呼ぶようになってる。

 付き合ってる時は「弥太郎」だったのに。

 


 

こういうことってよくあることだと思う。

カップルでなくても「距離感」を呼び方に出す人って多い。

 

例えば、高校を卒業して数年ぶりにたまたま駅で顔を合わせた友達が、なぜが「なつ“ちゃん”」と呼ぶようになってたり、小学校の6年間と中学校の3年間(部活動も合わせた)仲が良かった友達が、成人式で再会したら「なっちゃん」と呼ぶようになってたりした。「なっちゃん」なんて、9年間呼ばれたこともなかったのに(笑)

 

ああ、そうかあ。こんなもんなのかあ、って思う。

 

その度に。

 

小さなシャッターが閉められていく。

 

私だけが好きだったみたいで、少しだけ寂しい。

 

私の中に「呼び方を変える」って感覚がないから。

 

何年経ってたって。

 

元彼も、友達も、知り合いも。

 

どれだけ会っていなくても、呼び方が変わることはない。

 

好きが勝手に加算されたり、嫌いが勝手に加算されたりすることはあるけれど、だからって、読んでた名前が変わる感覚はない。

 

それ以外で呼ぶくらいなら、名前は呼ばない。

 

呼ばれないままの方がいい。

 

「そっちは元気?」でいい、そう思ってしまう。

 

それが難しいことはもうわかってるけれど、毎回、少し寂しい気持ちになる。

 

少しだけ、寂しい。

 

難しいんだろうなあ、私みたいな考えの方が。

 

分かるけど。

 

分かるけど、少し寂しい。

 

少し寂しくなる、感覚のちがい。

 

ちなみに、みなさんはどう思いますか?