あの島に移り住むまで

〜「好きな本から」を書きたくてはじめたけどいろいろ書いちゃってるブログです〜

「歴史ある場所」というにはちがう気がした。

 

どうも、なつです。

 

最近、思い出したことがありました。

糸井重里さん『思えば、孤独は美しい。』を読んでです。

思えば、孤独は美しい。

思えば、孤独は美しい。

  • 作者:糸井重里
  • 発売日: 2017/12/05
  • メディア: 単行本
 

  

をかっていうと、はじめて原爆ドームを見に行った時のこと。この本の中でオバマ元大統領が来日された日ののことが書かれているからだと思います。

 

実は数年前に20代になって初めて原爆ドーム広島平和記念資料館へ行きました。何とも言葉の出せない場所で、事実あったことなのだと、目で頭で見た。

 

それである友人が言ってたんです。

「こういう場所(原爆ドーム)が好きだ」と、

「一日見ていられるんだ」と。

 

その言葉の意味は多分、歴史に関わるものを見るのが好きだという意味なのだろうと思う。寺や神社や城が好きな人だから。

 

「なつは興味ないよね?」と言われた時、

「興味がないことはないよ、好きだよ」と言った。

 

それは本心で、、、訪れたことのない神社やお寺やお城をみてみたいという興味がある。ただ、(これはそれとはちがうのでは?)と思いました。

 

そう思ったことをこの本を読みながら思い出した。

 

原爆ドームをみにいって、広島平和記念資料館の中をみてまわって、「被爆体験伝承者」による講話を聞いて、外へ出て、一息つく、整理する。

 

そうしてみても私は、

「歴史あるものが好き」とは違うと思った。

「歴史あるものに興味がある」とは違う場所ではないかと思った。

 それに、間違いも正解もないけれど、「好き」とはちがうように感じたから、「好き」という言葉とはちがう場所のように感じたから、私の心に友人の言葉が違和感として今日まで残っているのかもしれない。

 

知るべき場所で、知っておくべきことで、ただそれだけだと。忘れないこと、忘れないようにすること、だから知ること、知る場所、そうなのではないか、と。私の中でかためてしまったからなのかもしれない。

 

言葉にできない場所だから、言葉ではない場所だと思ったから、「歴史あるもの」とは少しちがう。

 

そう思ったのかもしれない。

 

あの場所は、生きていた人の足跡を見る場所だった。人が生きている時間に起こったことだと見る場所。知る場所。その知るとは、思うこと、感じること。

 

だからなのか、正直「こわい」と思った。思い出しても少し「こわい」

心が感じたからなのかその感覚がまだ深くある。

 

「原爆」があった時代、その場所、その時間。

心臓が感じるほどあったから。あの日のあの場所で感じた感覚はまだ蘇ってくる。それくらいの場所だ。

 

だから思う。私はこの国に生きる人が一度は行くべき場所だって。

 

教わったから「いけないものだ」ではなくて、

感じたから「いけないものだ」と知るために。

 

知りに、見に、訪れるべき場所なのだと思う。

 

知らなくてもいいことかもしれないけれど、知らなければいけないことだと知るために。

 

一度しか訪れてない私が「行くべきだ」なんておかしな話かもしれないけれど。被爆のことも戦争のこともよく知らない、よくわからないのに、こんなことを言ってるだなんておかしい話だけれど。だけど、原爆ドーム広島平和記念資料館へ訪れていなければ、今以上に知らなかったはずだということを思うと、やっぱり“行くべき場所”だと私は思う。

  

*今は予約しないと入れないみたいなので行かれる際は事前に調べてみてくださいね。