あの島に移り住むまで

〜「好きな本から」を書きたくてはじめたけどいろいろ書いちゃってるブログです〜

パスタの意地悪

 

「若いから」 というのは理由にあるのかもしれない。

今のアルバイト先で働きはじめた時、年上の先輩が一人と年下の先輩が四人という環境だった。年下の先輩はほとんど教えてはくれなかった。聞けば教えてくれたが、こちらが聞かなければ知らないことだらけだった。オープンまでに必要な作業も、クローズに必要な作業も。営業を短縮していることも、休業していることも、仕上げのコツも。

 

 


 

朝が来る (文春文庫)

どれだけ注意を払っていても、毎朝のように、どこかには届けることを忘れた家や届ける新聞の種類を間違えた家が出る。その度にクレームが入り、店長夫婦から渋い顔をして叱られる。仕事を教えてもらえない、ということはなかったが、一度教えられたことがわからなくなって、困ると、ひかりが質問するより早く、「どうするんだっけ?」と意地悪く追い立てるような口調でつっけんどんに聞かれた。

 


 

高校を辞め、家を出て、住み込みのアルバイト(新聞配達)を始めたひかり。そのひかりの目にうつる景色。この文章は、「新しい仕事をはじめるとき」に“どこにでも”“誰にでも”少しはあるものだと思う。どれほど丁寧で、どれほど新人に易しい職場でも。どこかで少しは向けられる棘。

 

楽しく迎えたい気持ちと、少し意地悪になる気持ち。私にだってある。「なんか嫌だなあ」って思ってたくせに、同じようなことをしそうになる。ハッとしてやめる。「はじめて」は誰だって緊張で大変なんだから、って。最初をよくしてあげよう、よくしてもらったように、って。

 

仕事を教えてもらえない、ということはなかったが、

 

これは正直「はじめて」につきものだと思う。

自分が一から覚えたことを、人に一から教えるのに手厳しい。『自分から聞け』『やりながら覚えろ』意識が強い。前向きな姿勢が評価される世の中だから。私は別にいいけれど、アルバイトながら思う。“いい人”を招き入れたいのなら、招き入れるほうのスタンスも“いい”にすること必要があると思いますよって。

 

意地悪く追い立てるような口調でつっけんどんに聞かれた。

 

そんなことはなかった。今の職場でも、今での職場でも。そんなことは一度もなかったけれど、少しの「意地悪」を感じることはやっぱりある。どこにだってどうしてもある。

「意地悪」というのは少し違うかもしれない。「意地悪」というより「下手」だった。「下手」すぎて、「意地悪」に思えた。今の職場に入った時。

 

仕方ないと思ってた。

 

だってみんな二十歳になったばかりのこだったから。「はじめたて」という経験が自分自身にも少ないはずだし、本人たちが受ける「はじめたて」は、私より全然易しかったはずだから。それでも、その不満を十分に補ってくれる環境(人間関係)だったので、今もこうして続けられたわけなのだけど、本当に、はじめての人に対して「知らない」という前提が薄い職場だ。本当に「はじめて」に下手な人たちだ。私の後に、三人新しく人が入ってきたけれど、それをみていても(う〜〜ん)と思ったし、新店舗の研修もうちでやっているけれど、それも(う〜〜ん)と思ってる(笑)どうしてもの時だけ、こっそりと「こうしたらいいって教えてもらいましたよ」と囁くようにしてる。

 

慣れた人
慣れようとしている人
慣れてない人

 

「早く覚えてもらう」という厳しさは、仕事だから必要なことだと思う。仕事だから仕方ないとも思えるものだ。それでも、誰だって「はじめて」があったはずじゃないかと思う気持ちもいつもある。「はじめて」の時に、自分が苦く思ったことは、次のひとへ続かないようにしてあげることくらいしてもいいはずなのでは、と、甘くて弱い私はどうしても思う。

 

そういえば、「なっちゃんのように綺麗にパスタを盛り付けるにはどうしたらいいの?」って聞かれことがあった。はじめてフリーターとして働き始めたカフェで。なぜか伝えなかった。やってみせることはできたけど、口頭では伝えられなかった。伝えなかったっていう方が正しいかもしれない。せっかく覚えたことを、せっかく「なっちゃんのパスタ綺麗」って言われることを、「お皿に移すときに、お箸でくるくるっと巻きながらするんです」ってなぜか教えたくなかった。私は目で覚えた。どこか「棘」があった。あの時のことを今も言われる(笑)「なっちゃんはキッチンが上手だったんだけど、パスタの盛り方をどうしても教えてくれなかった!」と(笑)「いや、ちゃんと教えてましたよ!!」っていうけれど、いや、教えてなかったかもと最近思ってる。

 

ちょうど今私は、あの頃の先輩と同じ年になった。 

 

確かに教えてくれない。大事なことほど。教えてほしいことほど。

 

あの頃の私と同じくらいの年の子達は(笑)!!

 

だから、「はじめて」に易しい人に出会うと、そのもどかしさを知っている人なのかなあと思う。「はじめたて」という立ち位置を『年齢』や『他での経歴』に限らず、迎え入れてくれる人は「知っている」人。「はじめて」じゃないまますすめられる「はじめて」を。どこかで「経験した」ことがある「はじめて」の雑さ、ゆるさを。

 

「若いから」っていうのはやっぱり理由にあるような気がする。

 

私もそうだったから。

 

これから気づいていくのかもしれない。

そう思いながら眺めてる。一生懸命教えている姿を眺めてる。

 

今度謝ろう。

「どうしてもパスタの盛り方教えてくれなかったんだよ!」 って8年も言い続けてる先輩に。