私の世界のうちとそと

〜「好きな本から」を書きたくてはじめたけどいろいろ書いちゃってるブログです〜

無理に、無駄に。

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私は今、フリーターとして食品の製造の仕事をしている。合計で8人の女性で業務を回しているうちの店舗は、人柄がいい人ばかりでとても働きやすい。それでも私は「不自由」にならないために気をつけていることがある。深入りし過ぎたら思い出すようにしていること。疲れてきたら、違和感に取り憑かれてきたら、思い出すと決めていること。

 

それは、

 

“無理に”“無駄”に口を開かないこと

“頑張って”好かれようとしないこと

 

この2つ。この2つを定期的に思い出すようにしている。できるだけ自由に働くために。できるだけ自由でいるために。

 

嫌われてもいい、でも、できることは頑張る。

辞めちゃってもいい、でも、できるまではできることをできるだけ頑張る。

好かれようと頑張ってしまうけれど、頑張ることで好かれようとするのはしないようにする。

帰るときは帰る。時間外にしたくないことを自分から増やさない。帰るときは帰る。

 

良くも悪くも「仕事」という線を大事にしている。

良くも悪くも「フリーターである」という線を大事にしている。

 

フリーターだからこそできることなのかもしれないし、フリーターだから言えることなのかもしれないけれど、「自由でありたい」という願望が強い私が、外に出て働きながら「自由」を確保するためには大事なことだから、タイミングごとに思い出すようにしている。

 

頑張る姿は評価されるし、みんなが助かる行動は好感になる。

 

だけど、調整はする。

それも、自分でする。

頑張ることにキャパシティーを超されないように。

頑張ることでうまく生きようとすることにキャパシティーを超させないために。

 

調整する。自分で。

 

働かせてもらってお給料をもらっているわけだから、感謝だし、できることはできるだけ全力でする気持ちでいるけれど、頑張りすぎないことは気をつけてる。必要以上に頑張ること。必要以上に頑張って周りがみる自分を大きくなりすぎないように。自分で自分を貶めていかないように。人からの評価(好感)のために頑張りすぎない。働きやすさ、居心地の良さのために、頑張りすぎない。必要以上に。

 

非常識すぎない程度に非常識でいる。

常識すぎない程度に常識でいる。

 

そういうことを力の抜き方を知っている人をみて思う。

 

「常識がない」と厄介がられる人も、視点を帰れば「生きるのが上手な人だな」と思う。好かれなくてもいい、仲良くなれなくてもいい、そういう意識ってそこでの「自由」に繋がっているのだと私は思う。そのためには、自分から近づきすぎないこと。沈黙が退屈でも自ら無理な無駄な世間話はしないこと。話しかけてもらったら会話を楽しむ努力はするけれど、こちらからは必要最低限でいる。それなら仕事をこなす。話しかけた方がその時間は少しだけ楽しくなるかもしれないけれど、だからと言って適当な世間話はしない。自分からは。

 

仕事をする。今日の仕事。

 

沈黙の人でいる。

 

今の職場で大事にしていること。

 

おしゃべりは休憩時間やオフの日。超喋る。人と喋ることは嫌いではないから。

 

私にできる「自由」のための工夫