あの島に移り住むまで

〜「好きな本から」を書きたくてはじめたけどいろいろ書いちゃってるブログです〜

みんな通る道「はじめてのメイク」

 

今目の前に「メイク」をしている女の子が二人いる。ここはショッピングモールのフードコート。二人は中学生くらいだろう。一人がメイクを、もう一人にみてもらいながらしている。少し前なら、冷たい目をしていたかもしれないこの景色も、最近の私は「みんな通る道」として“かわいいな”と流せる。

 

みんな通る道、、、、

 

そう、誰にだって「メイク」には“はじめて”がある。

 

誰かにみてもらいながらとか、何かを見ながら、安い化粧品、もしくは、親の化粧品で、こっそり試しはじめてみるとか。誰かに勧められて(影響されて)とか。私のそれは、中学二年生のときだった。年の離れたお姉ちゃんがいる友達が、休みの日に「メイク」をしてきたこと、1つ上のテニス部の先輩がギャルで、しかも、可愛かったことがきっかけで、私もなぜか「メイクをしなきゃ!」と感化されたのだ。

 

まずは、近所の薬局で「練習用」に安い安いコスメを買った。アイラインを一つ。リキッドアイアイン。「アイライン」であることだけで買った。当時は、ガラケー時代で、YouTubeもインスタもなかった。雑誌を読むようなタイプでもなかったので、本当に何の知識もなかった。ブラックかブラウンがあるとか、ペンシルとリキッドがあるとかさえも知らなかった。そんななか買ったブラックのリキッドアイライン。使ってみる。震える手で(笑)

 

すると、目の際と二重の間にくっきり線ができた。

 

 

「..........何これ???」だ。

 

 

念の為、下にも線を引いてみる。

 

もう、本気のパンダだった。本物のパンダになってしまった。絶望。全く使っていける気がしない。結局そのままそのペンは捨てた。

 

そして、今はもうない地元の本屋へ雑誌を買いに行った。“必ず誰かに会う”と言われていた本屋さん。買ったのは、ラブベリーか、セブンティーンだったと思う。少し読んで、次に試しはじめる。次は「アイシャドウ」と「ペンシルアイライン」だった。この時には、“アイラインはまつ毛の間を埋めるもの”という情報が手に入っていたので、やってみた。アイシャドウは裏面に書いてある通りをそのままで試してみた。下手だけど、なんとなく形にはなった。あとはもう、そこから加減を覚えていく作業が「メイク」だった。

 

パンダになって、人間になって。失敗して、成功しての繰り返し。

 

今は思う。そういう積み重ねがあって“今”があるのだけど、「別にしなくてもいいメイク」だったなって。特に必要もないファンデーションを塗り、アイメイクをして、ケバくなる。プリクラや写真を見ると、本気で「しなくていい(しないほうが可愛い)メイク」だったなと思う。

 

この、すっぴんでも可愛い時期に、もったいないことをするのが「みんな通る道」「若さ」なのかもしれない。

 

大人がいう「しなくてもいいのに」にはちゃんと意味があった。

 

そのことに気づくのは、メイクをしなくていい日に“楽”を覚えるようになってから、というのが、笑えるところ。制服をきた尖った学生たちが、キャーキャー言いながらメイクをしている姿に出会うたび思う。メイクするところではないところで、メイクをしてしまえる尖った女の子たちに出会うたび思う。

 

メイクを始めた頃のこと。学校が終わってメイクをして出かけた頃のこと。

 

その痛さ。後から知るその恥ずかしさ。

 

「はあ」とため息もつきたくなる。

 

「みんなが通る『可愛くなりたい』」のスタートの景色は本人以外には眩しく恥ずかしい。

 

「ああ」と思う。「ああ、懐かしい」と思う。最近は「可愛いな」とすら思う。みんなそういうキャッキャする楽しい頃がある。“みんな”とは言えなくても、多くの人が通った道、時期、時代があったはず。あたたかく見守ってあげるしかない。あたたかく見なかったフリをしてあげるしかない。気づくのは、もう少し先だから。

 

 

そんなことを思いながら、幼い二人の女の子を目の前に書いてみた。

 

 

ああ、私にもあんな頃があったなあ。。。