あの島に移り住むまで

〜「好きな本から」を書きたくてはじめたけどいろいろ書いちゃってるブログです〜

絶頂期ほど恐ろしいものはない

 

居るのはつらいよ: ケアとセラピーについての覚書 (シリーズ ケアをひらく)

 

最近、『居るのはつらいよ: ケアとセラピーについての覚書』という本を読んでいる。そこにある1ページに大きく頷きながら付箋を貼った。

 

絶頂期ほど恐ろしいものはない。

 

まさに、私も思う。「絶頂期ほど恐ろしいものはない」って。そんな自分ほど「『怖いもんなし』なことはない」って。そう思う。

 

私は大学を1ヶ月で辞めている。

 

大学に通いはじめて1ヶ月、フリーターをしながら歌手を目指している同級生たちを羨ましく思ったからだった。昼間に練習室を借り、練習している。「私だって、勉強してる時間を練習にあてて、働いて、オーディション受けて、もっと。もっともっと!!頑張ってみたい! 」そう思ってしまった。それほど行動力があるわけではないくせに、“そう思った(決めた)”ら早すぎる行動力に抗えることは一切なかった。「勘当」が目の前になっても、周りに躊躇しているフリはしてみるものの、心は決まっていた。決めた心に、決めている心に、怖いものなんてない。その「“絶頂期”ほど恐ろしいものはない」って言葉の意味が、私にはよくわかる。

 

 

絶頂期ほど恐ろしいものはない。

ハカセ論文に夢中になりすぎて、すっかい臨床心理学原理主義者になってしまっていたのだ。現実を失った僕を、周囲の人たちは冷やかな目で見ていたが、恩師や親しい友人のような親切な人たちは大学に就職することを勧めてくれた。

 

 

学生を辞めて、夢に飛び乗る。

 

働いて、オーディションを受けて、東京に上京して、歌手になる。

 

燃えたぎる決意。根拠のない自信。

 

大学を辞めたいと親に話したら「勘当」だと言われた。当たり前だ。それでも関係なかった。今なら、当たり前だというその親の姿も当時は「なぜそうなるのか」「なぜ応援してくれないのか」理解できなった。どうでも良かった。「家くらい出て行ってやる」そう思って、次の日からアルバイトを始めた。勘当される前に少しでもお金をつくらないといけないと思ったから。

 

その間、大学を辞めようと思っていると友人や仲間に話した。そのほとんどが「学校は行っておいたほうがいい」と言った。特に、「親は大事やで」とみんなで口を揃えたのではと思うくらい言われた。地元の友人、同じスクールに通う3つ上のお兄さんと8つ上のお姉さんたち。「親は大事」、そして「学校は出ておいたほうがいい」。

 

「大学辞めようと思ってるんやけど、どう思う?」

 

自分から聞いておいて、どうでも良かった。だって、もう決まってるから。

 

「辞めて、働いて、音楽だけする」

 

そう燃えてしまっているから。

 

たった一人「いいと思う!そうしい!」と言った人がいた。一緒に仲が良かったもう一人から、その後で「無責任だと思った」と言われた。「なつが相談する時点で決まってるから、何言っても答えは変わらんのやろうけど、「やめたらいい」なんて、何て無責任なこと言うんやろうって思ったで」そんなふうに怒っていた。

 

ほとんど、「やめておけ!」だった。

 

でも、やめなかった。大学を辞めた。

 

だから、この本のその言葉がよくわかる。「絶頂期ほど恐ろしいものはない」という主人公のその言葉の意味が、私にもよく理解できる。周りが、指導教員の神通力に頼ったりあるいは公募人事にチャレンジしたり、大学教員や研究員というという、王道、ハカセ道、にのり生きていていこうとしてる中、「病院で働く」しか許せなかった彼の姿。似ているような気がした。文字を辿る度に、そのころの私がフラッシュバックされる。大学を辞めて、音楽だけする自分しか許せなかった私、歌うために働いて歌うために時間を使いたかった私、それ以外許せなかった私。

 

 

「そっちのほうがいいと思うよ、人生長いんだからさ」

でも、そう言う深い知恵を含んだ忠告に僕は一切耳を貸さなかった。

 

 

本当にそうだった。私もそうだった。一切耳を貸さなかった。知恵を含んだ忠告に何一つ。

 

「親は大事」

「学校は出ておいたほうがいい」

 

何一つ受け入れなかった。

 

そして、今、“本当だったなあ”と思う。今だから“本当だった”とわかる。辞めたことを後悔したことはないけれど、「出ておいたほうがいい」という言葉の「本当」もわかった。「親は大事」という言葉の「本当」も今ならわかる。だからこそ、「絶頂期ほど恐ろしいものはない」と心から思う。

 

人間、絶頂期ほど恐ろしいものはない。

 

本当だ。 それが人間の可愛い部分でもあるのだろうけれど、可愛い時期、若さ、勢いのある時期でもあるのだろうけれど、だからこそ、恐ろしい(笑)恋愛であれ、仕事であれ、プライベートであれ、賭け事であれ、「絶頂期」というのは恐ろしい。

 

なぜなら、その時が一番、脆くて、盲目だから。

 

可愛くあって、恐ろしい。

 

大学を辞めることを選んだあの頃の自分はまさに「絶頂期」だった。保証も確証もなかったけど、自信だけはあって、「なんとかなる」「なんとかする」「それ以外はない」、それだけで心を100%占めていたような感覚で生きてた。もう中々持つことはできないだろうなあと思うから、よくわかる。

  

「〇〇は盲目」って恐ろしい。「若さ」って恐ろしい。「絶頂期」って恐ろしい。

 

その意味が。よくわかる。

 

「絶頂期ほど恐ろしいものはない」

  

本当にそうだった。

 

意味なく燃えてた、確証なく燃えてた、18歳の私。ちょうどこれくらいの季節の「絶頂期」だった私。

 

思い出す1ページ

 

居るのはつらいよ: ケアとセラピーについての覚書』にある1ページ📖