あの島に移り住むまで

〜「好きな本から」を書きたくてはじめたけどいろいろ書いちゃってるブログです〜

読むことは体験を吸い込むこと

 

読めよ、さらば憂いなし

 

小説を読むということは、その体験を深く吸い込むことです。

 

 

この本の中に、そう書かれている。

私は「本当にそうだ、その通りだ」と思う。

 

小説を読むということは、その体験を映像でみて自分の中に、見えない奥の真ん中に、深く吸収している感覚がする。私には起こらなさそうなことが、私には起きたことがないようなことが、吸い込める。そして、すでに起きたことがあるようなことを、深く吸い込んだり、改めて別物として吸い込むこともできる。

 

それはとても楽しい。

 

例えば、桜木紫乃さんの『砂上 (角川文庫)』では、主人公と元旦那の戦いがある。

 

毎月受け取る慰謝料が段々と値切りされていく中、「もう一生会わない代わりに、100万を払って」と出る。旦那のヘソクリ額を知っていたからだ。旦那は泣きなが言う「これから子供も産まれて、家を建てようと話している。嫁は毎月お前に振り込んでくれてるんだ」と。浮気して離婚し、その相手と結婚したくせにだ。主人公はいう。「あなたの目の前で振り込んで、健気でかわいそうな嫁を演じているその女の方がどうかと思うのだけど。」物事はいくらでも美談にすり替えられる。下手に出ても、怯んでもいけない。負けてはいけない、必ず、勝たなければいけない戦いがある。

 

引けない、引いてはいけない場面の「強く出る姿」をこの本で吸い込んだ。

 

こうしたことが、小説を読むと必ずある。そして、自分にとって素晴らしい作品に出会うと、深く深く吸い込むことができる。吸い込んだそれは、経験したわけではないのに、自分の細胞の一部になる。忘れてしまっても、必要な時に、血液中の酸素のように駆け巡ってくる。

 

小説を読むことは、新しい空気を吸い込むようなもの。小説を読む時間とは、そんな時間だ。体験を、世界を、目を、耳を、鼻を、感覚を、味を、吸い込んでいる。

 

だから、「小説を読む」ことに終わりがない。

 

本がある限り、吸い込める体験がある。本が作られ続ける限り、それが途切れることはない。体験を吸い込むことがいくらでもできる。体験しなくても、山ほど吸い込むことができる。

 

体験する、体感する。それがもちろんいいことだけど。本を読み、吸い込むことも、やっぱりいい。

 

時間は限られているから。

 

「本を読む」を味方にするのも、とてもいい。

 

本を読むことだけじゃない。漫画や、映画や、アニメだってそう。お話に触れること、作品に触れること、それは、体験を吸い込むこと。その素晴らしさを改めて知る『読めよ、さらば憂いなし

 

松田青子さんの、作家先生の、「読めよ、さらば憂なし」な、作品たち📚

読めよ、さらば憂いなし

読めよ、さらば憂いなし

  • 作者:松田 青子
  • 発売日: 2015/10/22
  • メディア: 単行本
 

 

そんな作品たちを、少しずつ制覇していきたいと思う。

 

体験を吸い込むために。