あの島に移り住むまで

〜「好きな本から」を書きたくてはじめたけどいろいろ書いちゃってるブログです〜

あとがきと写真でみる「本の選び方」

f:id:im72nattsu:20210307164717j:plain


 

あとがきと写真か「人柄」をのぞくことができるような気がする。

だから私は、小説やエッセイ以外の本で「今日この本を買って帰るか」悩んだ時、一番後ろのページの写真をみて、少しページを戻し、“あとがき”をみる。 そこでなんとなく「読むか読まないか」が分かる。そこでなんとなく「本当に欲しいのか」が分かる気がする。

 

顔写真であれ、イラストであれ、“何もない”であれ、いい。なんだっていい。

 

本は、人の言葉でできている。

 

だから「この言葉をどんな人が紡いだのか」知りたいと思うのは自然なこと。

 

作品に「容姿」は関係ないけれど、作品は「人」だから、顔を出すことを選ぶ人か、イラストを選ぶ人か、出さないことを選ぶ人か、のぞいてみたいと思ったっていいのではと思うのだ。顔をみてこれだ!と思うこともあれば、顔をみてちがうかもしれないと思うこともある。イラストであったから読みたいと思うことも、イラストであったから読みたいと思わなかったこともある。写真がないから手に取った本もあれば、写真がないから手に取らなかった本もある。

 

だから見る。悩んだ時はみる。「著者紹介部分」を「あとがき」を。

 

誰が書いたのか関係ないようで、関係はある。

 

本は人の言葉だから。

 

本は人だから。

 

特に、方法論や実用本や啓発本を選ぶときにみることが多い。小説やエッセイで重要ポイントにすることは少ないけれど、それ以外では重要なポイントだとみる。

 

学校の授業選びと似ている。この本を、買って帰るか、読むか読まないかを決めるのに「写真をみて、あとがきをみる」というのは、「誰の授業を受けるか」を決めるようなもの。どんな先生が、どんな勉強をし、どんな思いで、どんな言葉を使って、どんな授業をするのかを見て決めるように、本だって、どんな人が、どんな言葉で、どんな内容を、どんなふうに書いているのかをみて決める。

 

とても自然なことのように思う。

 

顔(著者紹介) をみて、あとがきを読み、決めるのには理由がある。

あとがきは、著者に一番近い言葉だから。生の言葉だと思うから。そこで、「合う・合わない」がみえたり、言葉の棘が「毒か薬か」がみえる。温度を知る、人を読む。

 

その上で「欲しい」と思ったら買う。勢いよく買う。「今回はいいかなあ」と思ったなら、後ろ髪引かれても帰る。勢いよく帰る。

 

 

本はモノで、買えば、お金も場所もとる。だから、服を選ぶように賢く買い物できるようにしたいって思う。

 

 

というわけで、「今日この本買って帰ろうかなあ」「この本面白そうだなあ、でも、読むかなあ」と悩んだ時は『写真をみて、あとがきをみて決める』。特に方法論や、実用本など、小説・エッセイ以外の本で悩んだ時はみる。

 

『写真とあとがき』を。