あの島に移り住むまで

〜「好きな本から」を書きたくてはじめたけどいろいろ書いちゃってるブログです〜

人生一「べっぴんさん」をくれた人

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YouTubeを開いたら、認知症のおじいちゃんが孫に会う瞬間」というTikTokの動画が出てきた。基本的に“そういう”動画を、あまり見ないようにしている。「心温まる」とか「可愛すぎる」とか「〇〇な彼、彼女にこうしてみたら...」とか。撮った側の心を“見定めようとしてしまう”からだ。透明でピュアな世界を、曇った眼鏡で見てしまう自分が嫌になる。だから、そうならないためにも、避けている。なのに、その日は何となく再生ボタンを押してしまった。

 

その動画の「おじいちゃん」に懐かしいものを思い出したからだ。

 

まず、雰囲気がよく似ているなと思った。もう“いない”おじいちゃんの顔をはっきりと思い出した。それくらい、何かが似ていた。知りもしない、会ったこともない、どこにいる人なのかもわからない、誰かのおじいちゃんなのに、かぶる私のおじいちゃんの顔。浮かびあがる私のおじいちゃんの顔。

 

そして、姿が似ている。動きが、話し方が。だから、余計にかぶって思い出す。

 

動画の中にいた誰かのおじいちゃんは、最初覚えてない様子だった。久しぶりに会った孫のことを思い出せなさそうにするおじいちゃん。でも、なんとなく分かってるおじいちゃんの表情。目の前の「久しぶり〜!」と言う女の子のことを知っている”という表情。今起きてることは、とても嬉しいことだって分かってる。そんな表情。かわいい孫なんだって。どこか覚えてる。

 

「あんた誰や」

 

こう微笑みながらいうおじいちゃんに

 

「〇〇!」

 

と名前をいうお孫さん。

 

「べっべっべっぴんさんになって!」

 

思い出したおじいちゃん。忘れてなんかない、お孫さんのことを覚えてる、おじいちゃん。

 

 微笑まずにはいられなかった。なぜなら、私のおじいちゃんもそうだったから。

 

私のおじいちゃんは90歳で空の人になった。最後の2年は歩けなくなってしまい施設で介護を受けることになったけれど、最後まで頭は元気な人だった。最後に会いに行った時、おじいちゃんは、私のことが最初分からなそうにしていたた。

 

知ってる人、家族、それは分かってる。多分、名前がわからない。

 

「誰や?」

 

「なつ!!」

なっちゃんやで〜!」

 

大きな声で答えた時、寝たきりで動けない体が「はっはっ!」という声と一緒に動いた。

 

なっちゃんか」

「相変わらず、べっぴんさんやなあ」

 

そう言った。ワンテンポ遅れてきたその反応は、顔と名前と記憶が集まった瞬間だったのだと思う。その景色が、動画でみた誰かのおじいちゃんとかぶって目に映った。会話のテンポが、表情の感じが、姿が、とても似ていると思った。おじいちゃんの顔を、笑った顔を、はっきり思い出せた。帰り際、手を握って「また来るね」と言った時も、ワンテンポ遅れて嬉しそうに笑ったあの顔をあの景色を、きっと一生忘れないだろうと思う。

  

YouTubeを開いて、改めて思い出したおじいちゃんの姿。

 

「べっぴんさん」

 

私のおじいちゃんも「べっぴんさんやなあ」とよく言ってくれる人だった。小さい頃から、顔を合わせるたびに「べっぴんさんや!」と、「なっちゃんは、えらいべっぴんやなあ」と、言われた。一緒に住んでいたので、とんでもない数の「べっぴんさん」をもらったことになる。間違いなく「べっぴんさん」を一番くれたのはおじいちゃんだ。もしかしたら、どこのおじいちゃんも同じことを言うのかもしれないけれど、本当に宇宙一「べっぴんさん」をたくさんくれた人だった。

 

「えらい、べっぴんさんやわあ!」

「スタイルもバッチリ(そんなわけない)、そんなべっぴんさん男が放っておかんやろ(そんなわけない)!」

 

そんな、おじいちゃんを思い出す動画。寂しくなって少し涙が出そうになった。

 

 

もう会えないけれど、最後の最後まで「べっぴんさん」をくれたおじいちゃん。ありがとう!!その言葉、忘れてないよ!!その姿も、思い出せるよ!!

 

 

おじいちゃんのべっぴんさん、頑張るから!!