私の世界のうちとそと

〜「好きな本から」を書きたくてはじめたけどいろいろ書いちゃってるブログです〜

シュトーレン

 

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この冬初めて「シュトーレン」というものの美味しさを知った。差し入れでいただいたものを頂いたのがきっかけだった。

 

レーズンが好き。

シナモンが好き。

パンが好き。

甘いものが好き。

 

そんな私にどストレート好みだったもの

 

大好きなコーヒーがさらに最高に好きになるなあと思うようなもの

 

シュトーレン

 

クリスマス前に世に出まわるものと最近知ったもの

 

ひとりで買って食べるにはそこそこお値段がするけれど、自分用に買ってしまったもの。冬にしかないシーズンもの。美味しいもの。

 

こうして新しい好みを発見したので、お気に入りのお店を発掘したいなんて思ってみたけれど、毎年毎年オリジナルで出すお店が多いみたいで、それは中々難しそう。

それでも、次の冬は今年より多くのお店のシュトーレンを食べられるようにしたいって思ってる。寒くなってきたらCheckするよう覚えておこう。

 

 

ぜひおすすめがあれば教えてください!

 

 

どうしようもないコブラツイスト

 


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最近、ハマっている曲がある。年末に増えていた音楽番組では毎回楽しみだったこの曲。『サザンオールスターズ』さんの『Soulコブラツイスト〜魂の悶絶』。とにかくとにかく、最近私は、桑田さんのエンターテイナーぶりにドキドキしている。今更ながら、大ベテランアーティストの、アーティストぶりに、超ドキドキしちゃってる。

 

この曲最高なの。

 

人間のどうしようもないところを「どうしようもないよなあ」って笑える。

 

私はこの曲のサビが大好き。

 

幸せになれるわけないのに

なぜイケナイ人に恋しちゃうんだろう

この世はそれほど甘くはないのに

それでも明日はやってくるんだろう

 

はあ。本当に。もう。最高やん!!

きっと私はこの曲の本当の意味とはちょっと間違った捉え方で楽しんでいるけれど、本当に本当に、この曲のサビを大好きに思う。

 

人間って本当にそう。ダメだってわかってても、そっちじゃないってわかっていても、「ちがう」方の選択をしてしまうことってある。その先がそう甘くはないことを心のどこかではちゃんとわかっているはずなのに。それでも間違ってしまう。

 

命懸けで今日も生きてるんだよ

心は土砂降り雨の中

このままじゃやばいってわかってるんだよ

明日の日の出はどっちなんだろう

 

命懸けで生きてるだけなのに。必死に生きてるだけなのに。その中でちょっと間違う甘い誘惑なのに。なかなか抜け出せなくて、それでも毎日日は上って沈んで進んでいく。心の底ではわかってる。みんな分かってる。いいこととわるいこと。どこかで気づく、これはイケナイ方の選択。分かってる。分かってはいる。分かってはいるけれど、どうしても完璧じゃない。人間だもの。分かってても誰だってイケナイ人をすきになることもある。

 

甘くはないって分かってるのに。明日はくるって分かってるのに。

命懸けで、心を大事に、生きているってだけなのに。

 

本当にイケナイことってやっぱりある。どうしても仕方のないことだったって場面があることも分かるけれど、そのことを理解はできそうにはなっても、やっぱりイケナイことはイケナイ。それでもきっと、やっぱりどうしようもないこともあるのだろうと思う。どうしてもどうしようもないとき。どうしてもどうしようもないこと。きっとある。

 

誰がどう見て聞いたって呆れちゃうような話でも、そういう風に生きちゃう人がいる。この曲はそんな馬鹿みたいなことを、馬鹿みたいに感じさせてくれる曲だとおもう。

 

どうしようもないなあ。

どうしようもない。

 

どうしようもないけれど、起きたことはもうどうしようもない。どうしようもないまま進んでくしかない。だって、もう、どうしたって、毎日は始まって終わってを繰り返していくんだから。

 

命懸けで今日も生きてるんだよ〜〜〜

 

正しくても正しくなくても

 

本当はみんなただ“そう”なだけなんじゃないかって思える。

 

おすすめの曲『Soulコブラツイスト〜魂の悶絶』

 

 

 

今年の買ってよかったものは「楽」

今週のお題「買ってよかった2021」

 

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今年(厳密には去年)買ってよかったものについて考えてみる。

2021年、そこまで大きな買い物はしなかったし、これといって印象強く残っている買い物もなかった。と!思ったのだけれど、こうして書いている元旦の仕事おわり、「あ!これだこれ!」と思った。

 

実は今、つい最近買った持ち運び用のキーボードを打ちながらブログを書いている。

 

 

今までずっと、軽いパソコンかアイパッドが欲しかった。持っているMacBookはお気に入りだけれど、とにかく重くて持ち運ぶのが大変で。結構大きいのでカバンも選ばなきゃだし、荷物になる。外に持って出るようのパソコンが欲しいなって思ってた。思ってはいても買えなかった。せっかく買った最高のパソコン「Mac」があるんだしと思ったら、なかなか買うまではならなかったから。それが最近はiPhoneにキーボードをつなげて書くようになった。持ってるものにちょっとのプラスを加えただけのことなのだけれど、使い勝手最高!!!

 

というわけで、私の今年の買ってよかったものは「EWINのキーボード」。

 

少々、配列の関係で叩きにくさはあるものの、携帯で打ち込むより断然いい!すすむすすむ。

 

最初は、お下がりでもらったタブレットFire 7 タブレット (7インチディスプレイ) 32GB - マンガ好きの方に)とセットで持ち歩いていたけど、ふと気づいた。

 

iPhoneでよくね??」って。

 

身軽に外でブログが書けるようになって、仕事終わりにカフェで作業したりする時間が増えて、何だか楽しい。

 

そうなれば、iPhoneを買ったことも良かったなと思う。iPhone7plusを5年使っていた私もようやく最近、iPhone13をかった。正直「pro」じゃなくてよかったのだけれど、どうしてもシエラブルーが欲しくてiPhone13 Proを買った。とにかく「バッテリー」を持ち歩く必要がなくなかったことが良かったなと思う。荷物も減るし、画質も良くなるし、カッコよくて、気分も上がるし。仕事おわり今日みたいにキーボードをつなげてブログを書いて帰れる。

 

だから、私の2021の買って良かったお気に入りは「Ewin 新型 Bluetoothキーボード 折りたたみ式 」と「iPhone13」です。

 

ここからまた、たくさん文章を書いていけたらいいな2022年!!

 

 

捉えていきたい2022

 

これまでの人生の中で、一番と言い切れるほどに「年末年始」という実感を持たないまま2022年を迎えました。どうも岡田なつです。みなさま、新年明けましておめでとうございます!!

 

okadanatsu.hatenablog.com

 

ちょうど一年前に更新したこの記事。もうあれからそんなに経ったのだって驚いてる。そして、この時の自分と今の自分が想像とは随分と離れた線路を進んで走っていることに驚いてる。たくさんのインプットに燃えてたのに。濃い濃いアウトプットに燃えていたのに。思い描いていた今日とはちがう今日を迎えてしまった。思った以上にインプットはなかったし、思った以上にアウトプットもしなかった。だけど、そんな2021年は、それはそれで幸せで、それはそれで楽しく、なんだか前に歩いた感覚のする365日だったと思う。流れるままに「できること」を頑張った。流れるままに「できること」を頑張っていたら、変わりたいと願ってきたことのたくさんが確実に変わっていった。今もまだいつか振り出しに戻るのではないかという不安は思ったりもするけれど、それでも、そう思えるくらいに変わった。「よくやった」と心の底から言ってあげられるくらいに、流れてみた2021年だったなと思う。一つだけ、反省するところがあるとすれば、その割に「実感」が伴っていないこと。流れるままにだったからこそ、「実感」が伴っていないこと。それだけが2021年の反省点。

 

そんなわけで!2022年は、もう一度、書いていきたい。

 

自分の「今」を確実に捉えていくために。

「書く」って捉えていく作業だと思うから。

 

今年の目標は「私は私。私は私の人生を集中して生きていく」です。

 

そのために書いて、そのために動く。

 

2022年も良い一年にしたいです。

2022年もより良い一年となりますよう願っています。

 

それでは!最高の2022年1日目をお過ごしください!!

 

 

 

この間の記事で「何が書きたいのか分からなくなってる」って書いた。

 

一周回って分からなくなってる。

何を書いていいのか、何なら書けるのか。

いや、違うかもしれない。

一周回りもせずに分からなくなってるのかも。

何を書きたかったのか、何なら書けたのか。

 

そんなわけで、“そもそも”を思い出してみようと思う。

 

そもそも、どうして、ブログを始めたのか。そもそも、どうして、ブログだったのか。

 

理由は文章を書きたかったから。文章で発信したかったから。とにかく何かしらをアウトプットしたかった。それが根っこではじめたのが「ブログを書く」という習慣だった。読み漁ってる本を読み漁るだけでは終わりたくなくて、読み漁ってる本を読み漁るだけでは苦しくて、自分のために、とにかく何かしらで、何かしらを、自分の外に出したくてはじめた。

 

いつもそうかもしれない。いつもそうだったかもしれない。

 

“何かを吐き出したい!何かを何かしらでアウトプットしたい!書きたい!”

 

そう思うときは「とにかく」「何かを」「書きたい」って思う。

 

そしてその、「とにかく何かを書きたい」って思うとき。そんなときは、たいてい、日常より少し多く“動いたとき”。心が、自分が、動いた時、動かされた時。何かを叫びたくなる。自分以外の誰かに。本を読んでだったり、音楽を聴いてだったり、アニメや漫画に触れてだったりする。ミュージカルや映画やドラマに感化されて震えるときもあるし、遊園地やパレードに湧きだって思うこともある。ふとした瞬間、いつもとちがう景色に、いつもの景色に、書きたくなる。

 

私に必要なのは、毎日書くぞ!って意気込みじゃなくて「動かすこと」かもしれない。「動くこと」。自分を、心を、動かすこと。

 

動けば書きたくなるから。動かされれば書きたくなるから。

 

動いていく覚悟なんだ。

 

足りなかったものは「動」なんだ。

 

どうしようかなあ。毎日更新。

 

 

来年からまた書く生活を始めたいって思ってる。

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また言ってる。また言っちゃってる。

みなさま、私、岡田なつ、また言っちゃおうとしています。

「来年からまた書く生活を始めたいって思ってるんです」って

 

まだ考え中。まだ考え中なのだけど、ちょっと追い込みたい気持ちでいる。理由は、この一年(2021年)がパッとしなかったから。充実感が足りなかった思いでいるから。起こした変化の割に、達成感がゼロだから。本当のことを言えば、今までで一番変化のあった一年だったのに、私にその実感がない。パッとしない。実感がない。感覚が足りない。いろんなスタートを踏んで、いろんな変化を選んで、変わらないことも変わったことも増えたのに。楽しいが随分と広がったのに。いまいち、自分自身に、その実感がない。この1年に、何があったのか、何を始められたのか、何を得たのか、パッとしない。パッとしてない。

 

何かを続けたって実感ってとても強いものなのだと思う。

 

決まった頻度で何かをし続けるってものすごいことだなって思う。

 

もう一回、自分が欲しいって思う。変な言葉だけど、もう一度、ちゃんと自分が欲しい。ちゃんとした自分が自分自身に欲しいって思う。別にそれがブログを書くことである必要はないけれど、私が私を一番実感していた時間が「文字にする」という時間だったから、もう一回頑張ってみたい。もう一回本当に頑張ってみたい。そんな気持ち。

 

毎日って宣言するにはまだこわいので、今はまだ「また書く生活を始めたいって思ってる」という時点の話。

 

しんどくても、面倒でも。頑張ってみたい。無理でも、キツくても。頑張りたい。

 

ただ、一回断念してしまったことをもう一度目標に掲げるって結構難しいから。

 

ちょっとまだ考え中。

 

「辞めちゃってもいいからとにかくやっちゃえよ」って思うんだけど。「別に誰に迷惑をかけるわけでもないんだし宣言せずにやちゃえよ!」って言いたいところなんだけれど。

 

難しいの。

 

毎日書くってすごいの。

 

一周も二周も回って、何を書けばいいのか分からなくなってる。いや、一周も二周も回る前に私は何が書きたいのか、何なら書けるのか、私の何が書ける部分なのか、分からなくなってる。

 

なんだったんだっけ?

 

本当に、「毎日書く」ってものすごいことだなあって思う。それが短くても長くても。めちゃくちゃでもはちゃめちゃでも。毎日書くことがあるってすごくて、毎日書くことが“あるようにしている”ってことがすごい。毎日毎日一つの記事に仕上げるってすごくて、毎日毎日更新され続けるってことがすごい。

 

私もしたいそれ。

 

私も来年はそれしたい。

 

私も来年に向かってそっちの人になりたい。

 

そう思う。

 

 

無理に、無駄に。

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私は今、フリーターとして食品の製造の仕事をしている。合計で8人の女性で業務を回しているうちの店舗は、人柄がいい人ばかりでとても働きやすい。それでも私は「不自由」にならないために気をつけていることがある。深入りし過ぎたら思い出すようにしていること。疲れてきたら、違和感に取り憑かれてきたら、思い出すと決めていること。

 

それは、

 

“無理に”“無駄”に口を開かないこと

“頑張って”好かれようとしないこと

 

この2つ。この2つを定期的に思い出すようにしている。できるだけ自由に働くために。できるだけ自由でいるために。

 

嫌われてもいい、でも、できることは頑張る。

辞めちゃってもいい、でも、できるまではできることをできるだけ頑張る。

好かれようと頑張ってしまうけれど、頑張ることで好かれようとするのはしないようにする。

帰るときは帰る。時間外にしたくないことを自分から増やさない。帰るときは帰る。

 

良くも悪くも「仕事」という線を大事にしている。

良くも悪くも「フリーターである」という線を大事にしている。

 

フリーターだからこそできることなのかもしれないし、フリーターだから言えることなのかもしれないけれど、「自由でありたい」という願望が強い私が、外に出て働きながら「自由」を確保するためには大事なことだから、タイミングごとに思い出すようにしている。

 

頑張る姿は評価されるし、みんなが助かる行動は好感になる。

 

だけど、調整はする。

それも、自分でする。

頑張ることにキャパシティーを超されないように。

頑張ることでうまく生きようとすることにキャパシティーを超させないために。

 

調整する。自分で。

 

働かせてもらってお給料をもらっているわけだから、感謝だし、できることはできるだけ全力でする気持ちでいるけれど、頑張りすぎないことは気をつけてる。必要以上に頑張ること。必要以上に頑張って周りがみる自分を大きくなりすぎないように。自分で自分を貶めていかないように。人からの評価(好感)のために頑張りすぎない。働きやすさ、居心地の良さのために、頑張りすぎない。必要以上に。

 

非常識すぎない程度に非常識でいる。

常識すぎない程度に常識でいる。

 

そういうことを力の抜き方を知っている人をみて思う。

 

「常識がない」と厄介がられる人も、視点を帰れば「生きるのが上手な人だな」と思う。好かれなくてもいい、仲良くなれなくてもいい、そういう意識ってそこでの「自由」に繋がっているのだと私は思う。そのためには、自分から近づきすぎないこと。沈黙が退屈でも自ら無理な無駄な世間話はしないこと。話しかけてもらったら会話を楽しむ努力はするけれど、こちらからは必要最低限でいる。それなら仕事をこなす。話しかけた方がその時間は少しだけ楽しくなるかもしれないけれど、だからと言って適当な世間話はしない。自分からは。

 

仕事をする。今日の仕事。

 

沈黙の人でいる。

 

今の職場で大事にしていること。

 

おしゃべりは休憩時間やオフの日。超喋る。人と喋ることは嫌いではないから。

 

私にできる「自由」のための工夫