書いて、書いて、眠りたい。

なにもない何者でもない私のみる世界を「ぜんぶ書く」で毎日21時に更新しています✏︎

泡を食べる「おかしなカプチーノの飲み方」

 

18歳の夏、カプチーノの泡を砂糖で食べる」というコーヒーの飲み方を教わった。

 

どういうことかといえば、まずカプチーノの白いミルク泡のところに砂糖をささっと振りかけ、その泡をティースプーンで食べる。ただ、それだけ。そんな飲み方を、学生アルバイトの先輩に教わったのだった。

 

「これが美味しい飲み方ですよ」

 

確かに美味しかった。考えてみれば、そりゃそうだ。甘いミルクなのだから。

 

純粋だった18歳の私はしばらく続けた。砂糖をいらなく思うようになるまで。それが美味しい飲み方だと信じて。

 

今になって思う。

 

なんて馬鹿みたいな思い出なんだろう。ただ、砂糖を食べるための方法。ただ、カプチーノのミルクの泡部分を甘くして食べるだけの飲み方。それを、馬鹿なことしてるとわかっていながら教え、教わり、楽しんだあの時間。すごく温かい。すごく温かくかわいい思い出だなあと思う。

 

カプチーノを飲むたびにその記憶を思い出すし、誰かと一緒にいたら必ず言ってしまう。

 

カプチーノってな、泡に砂糖をかけて食べんねんで」って。

 

あの先輩は今どこでどうしてるだろうか。元気だったら嬉しい。

 

あともう一人、そのカプチーノを毎朝入れてくれたバリスタの山口さんも元気でいてくださったら嬉しいなと思う。5時半の電車に乗り出勤してくる私の夢を応援してくださった山口さん。

 

「何かのむ?水?コーヒー?お茶(多分紅茶)?」

 

と聞いてくれた山口さん。その答えがまさか「水」だとは想像してなかった山口さんの顔は今も忘れてません。

 

「じゃあ、水。」

 

そう答えた私を目を見開いて見たあの表情の動き。

 

「水!??」

 

まずい!!と思って、咄嗟に

 

「あ、コーヒーで!!」

 

と答え直したけれど、あの時まだコーヒー飲めませんでした。コーヒーなんて飲めるモノじゃないと思ってたし、コーヒーなんて人が呑むモノじゃない!!って思ってた。だけど、イメージしていた「コーヒー」ではなくて、甘くて可愛くラテアートされた「カプチーノ」を出してくれたおかげさまで、コーヒー好きになりました。今は、ブラックコーヒーが大好きです。

 

「コーヒー飲む?」

 

と、かわいいラテアートのカプチーノを毎朝入れてくれた山口さん。

 

「美味しい飲み方やで」

 

とたまに一緒に入ると、砂糖とスプーンを渡してくれた学生アルバイトだったキッチンの先輩。

 

「美味しいカプチーノ」と「おかしなカプチーノの飲み方」を知ったカフェのアルバイト。フリーターとして働き出した1つ目のアルバイトで、初めての飲食店、初めのキッチン業務。とても楽しかった。ほとんどの人が優しくて、明るくて、元気で、丁寧で、毎日面白かったあの環境は、フリーターとして最高のスタートだったと思います。

 

あの頃お世話になった皆様、ありがとうございました。

 

みなさんが“今”幸せでありますように。心から、本当に、願っています。

 

今の職場に最近入ってきた18歳女の子を眺めながら思い出した

 

18歳の夏に教わった「おかしなカプチーノの飲み方」

 

漬物ノースリーブ

 

はじめての日雇いアルバイトを終え、そこで得た情報からすぐに別の派遣会社に登録しに行くことにした。

 

okadanatsu.hatenablog.com

 

そうして、登録した後、早速仕事を紹介される。

 

「漬物の箱詰め」だった。

 

とにかく、仕事内容と場所、時間と給料を説明され、次の日の朝向かった。暑い夏の日、ノースリーブで行った。「工場」としか把握してなかったことと、前回は外での仕事だったことで、薄着に決めた。派遣会社からも服装などはなにも指定されなかった。

 

着いた先で最初に見えたのは、同世代の子達が止められている景色。

 

「爪を剥がしてもらわないと勤務できない」

「爪を切ってもらわないと勤務できない」

 

見えた範囲だけで、十人はいた。数名は「じゃあ帰る」と言って帰っていったのを覚えている。

 

私が入ってすぐ言われたことは、

 

「その格好!!?上着とかは??」

 

(。。。ええ!??上着??なんで!!)

 

そう思った瞬間、「まあ、仕方ない」そう案内され着替え始めることに。そんなこんなで、気づけばなんと宇宙飛行士になっていた。宇宙飛行士のような服を着せられ目だけしか見えない姿に。冷凍室での作業だった。防寒具。衛生服。考えてみれば、「冷凍室」での作業なんて、食品の工場なのだから当たり前だったのかもしれない。

 

当時の私は「工場」しか見えてなかったこと「寒い場所での作業」とは聞いていなかったこと、確認不足の知識不足が重なって、ノースリーブで行ってしまった。いくら宇宙服を来てるとはいえ、寒すぎる。本当に地獄のような寒さだった。過ぎて行く時間があまりにもゆっく理に思えて、地獄のようなアルバイトだった。

 

どうにか、終わるまで誤魔化さなければいけない、この地獄の時間を。

 

そこで考えついたのは「歌う」だった。

 

「よし、もう一生会うこともない!!周りの音も聞こえないし!!歌えばいいや!!」

 

そんなわけで、寒さを誤魔化すため歌を歌いながら作業をすることにした。流れてくる箱に漬物を詰め込んでいく。それを8時間。見えているのは、目だけ。1日しか働かない。明日にはもう、みんな知らない人。1日くらい歌って作業するおかしな人がいたって、忘れくれるはず!!そう思って、歌った。とにかく好きな歌を思いつくままに。隣にきた人、前にきた人が、みんな顔をあげて、こちらをみてきたので、もしかしたらかなり聞こえていたのかもしれない。

 

いいのだ。仕事は流れからはみでずにちゃんとできていたのだから。

 

時間は地獄だった。けど、天国もあった。なんと、そこで一人「友達」ができたから。私が歌を歌いながら作業をしているレーンに一人、私と同じくらい変な人がいた。宇宙服を着ていてもわかる濃いアイメイクで、不思議にちょこまかと動き回り、一生懸命働いている。その女の人はなんと同じ歳くらいの金髪のお姉ちゃん。休憩で一旦脱ぐ宇宙服の中にその金髪のお姉ちゃんが見えた。冷凍室で見た姿とのギャップに打たれ、お昼休憩のとき声をかけてみることにした。

 

2つ年上の“あやちゃん”だ。

 

話を聞くと、東京から彼氏に会いにきているらしかった。「月の半分を彼氏に関西で過ごしてるから、こうしてこっちでも働いているんだ」と言ってた。彼氏は美容師。あやちゃんは東京ではエクステの仕事をしているらしい。

 

そんなご縁から、3回ほど遊んだ。

 

とても楽しい経験だった。とてもいい人だった。彼氏が東京に移転になったらしく、会わなくなってしまったけれど、私はとても好きだった。あやちゃんのことが。

 

元気かなあ。元気にしてくれているといいなと思う。

  

1日しか働かない「日雇いバイト」でも友達はできる。

1日しか働かない「日雇いバイト」でもご縁はある。

 

おかしなエピソードが“1日だけだからこそ”あったりするのかもしれない。

 

今思えば、「日雇いアルバイト」って本当に面白い経験だった。

 

この次は「コンビニ弁当を作る工場」のアルバイト経験について書こうかなあ。

 

あの日も面白かったから。

 

漬物工場とノースリーブと、あやちゃんの話。

おかしなモチベーションの保ち方

 

「いろんな生き方があるなあ」と思う。

 

そう思えることが、人生を少し楽にしてくれることを、私は知っている。

 

「誰もふつうではないのだ」と「誰もふつうじゃなくてもいいのだ」と思える時間を持つのは、とても楽しい。どうしようもない自分に仲間ができたようで「頑張ろう」と思える。「一人じゃない!どうしようもないけど、頑張ろう!」そう自分の背中を叩いて、1日を戦っていける。それには、「エッセイを読むこと」「人の話しを聞くこと」の2つにかかっている。

 

最近では、『こだま』さんのエッセイと、『爪切男』さんのエッセイが必須のアイテムだ。

 

こだまさんに起こる出来事も、こだまさんの人生にいる人たちも、少し“おかしい”。だけど、どこか羨ましい。ドラマがある。かっこいい。そして、爪切男さんのような人も、爪切男さんの人生にいる人たちも、みんな“ふつう”とは少し違うどこか“おかしい”。でも、かっこいい。

 

「人生には色々あるなあ」と思う。

 

そう思うことは、おかしな私の人生を励ますことに繋がっていく。

 

「人から話を聞く」でいうと最近入手した話は、

 

「知り合いに、金持ちの旦那にお金与えられて、好きなことして、ぐうたらしてはるひといるで」

 

だった。彼女が言いたいのは、才能ある子なのに勿体ないということだったのだけど、せっかくある才能や技術より「結婚」を選ぶ人だっている。せっかくある「結婚」という縁より、才能や技術を選ぶ人だっている。おうちにいる代わりに好きなことを好きなようにさせてもらえる道を選ぶ人もいれば、仕事をして好きなことをする道を選ぶ人もいる。

 

それぞれに楽がある。

 

どれがいいかは、人それぞれ。自立にも他立にも向き不向きがある。

 

いろんな生き方がある。いろんな生き方があっていいのだ。

 

人は「自由」なんだから。

 

私はただ知りたい。「いろんな生き方があるんだ」ってこと、「いろんな生き方があっていいんだ」ってことを。それを知ることは、自分の視野を狭めずに生きることに繋がっていくから。自分の世界を広げながら“今”に流れていけるから。

 

常識に違和感を持った時立ち向かう勇気が持てるし、社会の違和感に「戦ってやる!」と思える。強くなれる。

 

「同じじゃなくていいんだ!」

「人にはそれぞれいろんな人生があるんだ!」

 

そう思えることは、不安を励ますことができる。

 

「いろんな人生があるんだ」

「いろんな生き方でいいんだ」

 

最近の私を支えてくれているのは、こうしたメッセージだ。

 

だから、エッセイを読むし、話を聞くためにたまに人と会いにいく。

 

世の中にはいろんな生き方をしている人がいる。

 

世の中にはいろんな人生がある。

 

私の人生だって、そのいろんな生き方・人生の1つ。その中のたった一つなのだから。“ふつう”だって、“ふつうでなく”立って構わない。長い人生のたった1日。たくさんの人生のたった1日。「いろんな生き方があるなあ」のたった1つ。

 

 

もっと楽に、もっと自由に、生きていく。

 

 

そのために、支えとなっている5冊の本。

 

働きアリに花束を

死にたい夜にかぎって (扶桑社文庫)

ここは、おしまいの地

いまだ、おしまいの地

 『夫のちんぽが入らない (講談社文庫)

 

 

日替わりで持ち歩いている5冊の本。

 

それを励みに生きている。おかしい自分を生きている。

 

おかしな話だけど、これは本当の話。

 

私の最近の、おかしなモチベーションの保ち方。

 

 

読むことは体験を吸い込むこと

 

読めよ、さらば憂いなし

 

小説を読むということは、その体験を深く吸い込むことです。

 

 

この本の中に、そう書かれている。

私は「本当にそうだ、その通りだ」と思う。

 

小説を読むということは、その体験を映像でみて自分の中に、見えない奥の真ん中に、深く吸収している感覚がする。私には起こらなさそうなことが、私には起きたことがないようなことが、吸い込める。そして、すでに起きたことがあるようなことを、深く吸い込んだり、改めて別物として吸い込むこともできる。

 

それはとても楽しい。

 

例えば、桜木紫乃さんの『砂上 (角川文庫)』では、主人公と元旦那の戦いがある。

 

毎月受け取る慰謝料が段々と値切りされていく中、「もう一生会わない代わりに、100万を払って」と出る。旦那のヘソクリ額を知っていたからだ。旦那は泣きなが言う「これから子供も産まれて、家を建てようと話している。嫁は毎月お前に振り込んでくれてるんだ」と。浮気して離婚し、その相手と結婚したくせにだ。主人公はいう。「あなたの目の前で振り込んで、健気でかわいそうな嫁を演じているその女の方がどうかと思うのだけど。」物事はいくらでも美談にすり替えられる。下手に出ても、怯んでもいけない。負けてはいけない、必ず、勝たなければいけない戦いがある。

 

引けない、引いてはいけない場面の「強く出る姿」をこの本で吸い込んだ。

 

こうしたことが、小説を読むと必ずある。そして、自分にとって素晴らしい作品に出会うと、深く深く吸い込むことができる。吸い込んだそれは、経験したわけではないのに、自分の細胞の一部になる。忘れてしまっても、必要な時に、血液中の酸素のように駆け巡ってくる。

 

小説を読むことは、新しい空気を吸い込むようなもの。小説を読む時間とは、そんな時間だ。体験を、世界を、目を、耳を、鼻を、感覚を、味を、吸い込んでいる。

 

だから、「小説を読む」ことに終わりがない。

 

本がある限り、吸い込める体験がある。本が作られ続ける限り、それが途切れることはない。体験を吸い込むことがいくらでもできる。体験しなくても、山ほど吸い込むことができる。

 

体験する、体感する。それがもちろんいいことだけど。本を読み、吸い込むことも、やっぱりいい。

 

時間は限られているから。

 

「本を読む」を味方にするのも、とてもいい。

 

本を読むことだけじゃない。漫画や、映画や、アニメだってそう。お話に触れること、作品に触れること、それは、体験を吸い込むこと。その素晴らしさを改めて知る『読めよ、さらば憂いなし

 

松田青子さんの、作家先生の、「読めよ、さらば憂なし」な、作品たち📚

読めよ、さらば憂いなし

読めよ、さらば憂いなし

  • 作者:松田 青子
  • 発売日: 2015/10/22
  • メディア: 単行本
 

 

そんな作品たちを、少しずつ制覇していきたいと思う。

 

体験を吸い込むために。

 

 

 

一種の賭け「特にない」は要注意!

 

先日「ホンマでっか!?TV」を見た。

 

今田耕司さんとアンガールズの田中さんがゲスト。「結婚」について、相談する回というのか、見定めらる回のようだった。まず、二人それぞれに10個の質問がされていった。例えば、「プロポーズはどんなふうにしたいか」や「理想の結婚相手に求めるものは?」など。交互に答えていく。その後、「どちらが、結婚できるのか?」というナレーションが入り、CMになった。

 

CMの間。食べ終わった食器を洗いながら思った。

 

「今田さんが難しそうだなあ」と。

 

アンガールズ田中さんの答えには何も思わなかった。今田さんの答えを聞きながら思ったことは、「『意外に求めるものはない』『押し付けたりもしない』『自然』ということを答えているけれど、そういう人に限って「譲れないもの」が多いんだよな」だった。そこまで、結婚に慎重になってきたのに、「特に何もない」なんて、そんなはずはないのだ。

 

「特にこだわりがない」と答える人ほど、譲れないこだわりが強いものだということ。こだわることは何もないようにみせて、譲れないものが多かったりすること。

 

私はそれを知っている。

 

なぜなら私自身が“そう”だったからだ。私の場合は、恋愛ではなく、アルバイトでそうだった。

 

例えば、シフト。

 

“週4以内希望”なのに、受かりやすいように

「いつでも入れます!週4〜5日入れます!」と面接を受ける。

 

働いてみるも週4希望なのに、週5勤務で辛くなって、限界がきてしまう。

 

あとは、交通面なんかでもあった。

 

面接事に少し気になったものの「いいか、それくらい」と思って働き始め、結局不便で辛くなってしまった、とか。

 

そうやって、やっと分かった。

 

「特になにもない」わけがない。「特にこだわりはない」わけもない。そういう人ほど、本当は譲れないものが多い。なら、譲れないものははっきりして探す必要がある。

 

そこから、曖昧にするのではなく、提示することが必要だと分かった。譲れないものは、無理に曖昧にする必要はない。まず相談する。そしてその反応を見る。あちらの採用したい条件と、こちらの働く上で譲れない希望が、うまく混ざり合うものか?その上で判断する。判断してもらう。働かせたいか、働きたいか。

 

「特にない」なんてことは、ほとんど存在しない。

 

本人が気づいてないか、本人が嘘をついている。もしくは、本当になにもない。

 

言葉だけを信じてはいけない。大体がそうだ。

 

自分自身がそうだったのだから、よくわかる。

 

「特にない」は危険!!

 

昨日、それを自分以外で感じた瞬間があった。面接(正社員募集)を受けにきた55歳の男性を覗きみしていた時のこと。作業しているキッチンの前のテーブルで行われていたからだ。「先月は私がそこに座って受けていたのにな」と思いながら姿をみていた。その方も「全部マル」だった。「なんでもいい」という人だった。

 

「ああ、見覚えあるぞ。この感じ」

 

心の声はこうだった。おじさんのその後のことはバイトの私にはわからないけど、危ない匂いがした。

 

私は「都合いい」は賭けなのだと思う。

 

あたりか、ハズレか。それは、見てみなければわからない。開けてみなければ。

 

本当にこだわりが「特にない」人か、本当はこだわりが「ある」人か。

 

果たして私は、あたりだったのか、ハズレだったのか。どう思われてるのだろう。私としては、譲れないところを了解してもらえているので、働きやすく、とてもありがたく思っている。だからもう少し、もうしばらくは、ここで頑張りたい。

 

話は少し戻って、「特にない」はない。

 

「特にない」風の人ほど、本当はあるものだ。

 

本当はあるから、乗りたいはずの波に、うまく乗れてないのだから。 

 

それに気づくことが、乗りたい波に乗る一歩なのかもしれない。

 

譲れないものが多くても、理想が高くてもいいじゃない。こだわりを聞いて、周りが引いたって、それが本心なのだったら、正直である方が大事なことだと私は思う。都合よく見えるために、諦めたり、妥協したり、しなくていい。だんだんとそのこだわりが丸くなる可能性だってあるし、その譲れないものをパーにしてもいいと思えることだってあるかもしれないのだから。

 

年齢とか、環境とか、妥協しなければいけない理由を考えることは簡単だけど、そんなこと言わせておけばいいし、思わせとけばいいのだ。

 

 

今田耕司さんを見て、過去の自分が重なって、55歳のおじさんを思い出して、、、

 

『特にない』は要注意!

 

そう思った。そんな話。

 

大変な壁

 

「そのどちらも、とても簡単なことではない」と私は思う。

 

 

右岸

 

死のうと思っても惣一郎のように行動に移さなかった。死ぬということは思ったよりも大変な行動であることが分かった。死にたいという思いと実際に死ぬということには大きな隔たりがあった。

 

 

この言葉を本で読んだ時、改めてそう思った。

 

この言葉は、『右岸』の主人公である「九」の言葉だ。慕っていた幼馴染の惣一郎が、12歳の時、「自殺」をしてしまう。「死」はどういうものかという興味から惣一郎は帰らぬ人となった。「少し知ったら、戻るつもりだった」と「戻りたかったけれど、戻れなかった。『死』とはそういうものだった」と惣一郎は言った。死んだ惣一郎の言葉がなぜ九は理解できたかといえば、小さい頃から九には不思議な力があったから。その力のおかげで、いなくなった惣一郎の声を聞くことができた。理由を聞いても消えない悲しみに、九は惣一郎の後を追おうとするが、できなかった。そんなときに呟く言葉だった。

 

九のそれは、とても理解できる言葉だと私は思う。

 

「死にたい」と「死のう」と思ったとしても、そう簡単ではないこと。よく理解できる。「死にたい」と、どれだけ心の全てで叫んでも、それがどれほど本心の言葉でも、実際、それをするにはもっともっと大きな壁がある。分厚く恐ろしい壁が。

 

それでもその壁を超えてしまう人がいて、その壁を超えてしまえる人がいる。

 

私たちにはよく理解できること。

 

どう結論を出してみても「良くない」ことだけれど、壁を越えてしまった人たちへ何も言えないことも、人は知っている。認めないことも、認めることもできないこと。なぜなら、その決断が、簡単ではなかったことを知っているから。そして、「生きる」ことを選び続ける方が簡単ではないことも、心のどこかで知っているからだ。

 

「なぜ、、、」と、簡単には言えない。「逃げてくれれば、、、」とも、「別の選択を、、、」とも、「生きろ!!」とも言えない。そう思いとどまるよりも、大きな壁を越えて行ってしまえたのだから。その壁は決して優しいものではないはずなのに、薄くも柔らかくも簡単でもないはずの壁なのに、越えていったのだから。それがどれほどのことだったかを思うと、悲しみだけで、頷くしかできない。言葉は持てない。

 

九は惣一郎の最後の姿を見た人だ。その分、悲しみで後を追いかけようする。でも、できなかった。そして、そうしなかった。そんな九が、口にする

 

 

死のうと思っても惣一郎のように行動に移さなかった。死ぬということは思ったよりも大変な行動であることが分かった。

 

 

この言葉。

 

実際、本当に思っても、本気で思っても、「死のう」なんてできないことの方が多いのではないだろうか。私はそうだったから。“ふつう”は、“本当”はできないはず。「死のう」とするそれ自体がもう“ふつうd”ではないけれど、多く人は行動できないし、行動しない。心から、心の底から、「死にたい」「死のう」と苦しんで叫んでも、それが本心でも、実際に行動するには、どうしても、もう一つ大変な壁がある。その壁に背を向けてもう一度「生きる」ほうへ戻っていく。

 

ほとんどがそうであるだろうし、ほとんどがそうであってほしいと思う。

  

数年前、馬鹿みたいに考えていた。毎日考えた。

 

「消えたい」

「消えてしまおう」

 

ホームから眺めた電車の景色に、あるはずない1秒先の未来を想像して、ハッとして「生きる」方へ戻ってくる。毎日がその繰り返し。想像してみるけどできなかった。一瞬のことだと思ってもこわかった。とても、できることじゃなかった。「生きたい」と思った。

  

 

死のうと思っても惣一郎のように行動に移さなかった。死ぬということは思ったよりも大変な行動であることが分かった。死にたいという思いと実際に死ぬということには大きな隔たりがあった。

 

 

これが全てだと思った。

 

あの頃の全て。この言葉だ。

 

あの馬鹿みたいな日々が文章になっている。

  

私にしかわからない。その気持ちが嘘だったか、本当だったか。

 

それだけでもすでに恐ろしかったあの“こわさ”の真実は。

 

越えていった人たちにも、越えようとした人たちにも、言葉はない。

 

掛けていい言葉も、持てる言葉も。

 

言葉があっていいわけがないのだ。

 

右岸』という本の

 

右岸

右岸

  • 作者:辻 仁成
  • 発売日: 2008/10/15
  • メディア: 単行本
 

 

九の言葉が、その全てを含んでくれている。

 

それを何度もその部分を読み返すだけ。

  

九の言葉の世界を、ぜひ、読んで感じてみてほしい。

 

 

人生一「べっぴんさん」をくれた人

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YouTubeを開いたら、認知症のおじいちゃんが孫に会う瞬間」というTikTokの動画が出てきた。基本的に“そういう”動画を、あまり見ないようにしている。「心温まる」とか「可愛すぎる」とか「〇〇な彼、彼女にこうしてみたら...」とか。撮った側の心を“見定めようとしてしまう”からだ。透明でピュアな世界を、曇った眼鏡で見てしまう自分が嫌になる。だから、そうならないためにも、避けている。なのに、その日は何となく再生ボタンを押してしまった。

 

その動画の「おじいちゃん」に懐かしいものを思い出したからだ。

 

まず、雰囲気がよく似ているなと思った。もう“いない”おじいちゃんの顔をはっきりと思い出した。それくらい、何かが似ていた。知りもしない、会ったこともない、どこにいる人なのかもわからない、誰かのおじいちゃんなのに、かぶる私のおじいちゃんの顔。浮かびあがる私のおじいちゃんの顔。

 

そして、姿が似ている。動きが、話し方が。だから、余計にかぶって思い出す。

 

動画の中にいた誰かのおじいちゃんは、最初覚えてない様子だった。久しぶりに会った孫のことを思い出せなさそうにするおじいちゃん。でも、なんとなく分かってるおじいちゃんの表情。目の前の「久しぶり〜!」と言う女の子のことを知っている”という表情。今起きてることは、とても嬉しいことだって分かってる。そんな表情。かわいい孫なんだって。どこか覚えてる。

 

「あんた誰や」

 

こう微笑みながらいうおじいちゃんに

 

「〇〇!」

 

と名前をいうお孫さん。

 

「べっべっべっぴんさんになって!」

 

思い出したおじいちゃん。忘れてなんかない、お孫さんのことを覚えてる、おじいちゃん。

 

 微笑まずにはいられなかった。なぜなら、私のおじいちゃんもそうだったから。

 

私のおじいちゃんは90歳で空の人になった。最後の2年は歩けなくなってしまい施設で介護を受けることになったけれど、最後まで頭は元気な人だった。最後に会いに行った時、おじいちゃんは、私のことが最初分からなそうにしていたた。

 

知ってる人、家族、それは分かってる。多分、名前がわからない。

 

「誰や?」

 

「なつ!!」

なっちゃんやで〜!」

 

大きな声で答えた時、寝たきりで動けない体が「はっはっ!」という声と一緒に動いた。

 

なっちゃんか」

「相変わらず、べっぴんさんやなあ」

 

そう言った。ワンテンポ遅れてきたその反応は、顔と名前と記憶が集まった瞬間だったのだと思う。その景色が、動画でみた誰かのおじいちゃんとかぶって目に映った。会話のテンポが、表情の感じが、姿が、とても似ていると思った。おじいちゃんの顔を、笑った顔を、はっきり思い出せた。帰り際、手を握って「また来るね」と言った時も、ワンテンポ遅れて嬉しそうに笑ったあの顔をあの景色を、きっと一生忘れないだろうと思う。

  

YouTubeを開いて、改めて思い出したおじいちゃんの姿。

 

「べっぴんさん」

 

私のおじいちゃんも「べっぴんさんやなあ」とよく言ってくれる人だった。小さい頃から、顔を合わせるたびに「べっぴんさんや!」と、「なっちゃんは、えらいべっぴんやなあ」と、言われた。一緒に住んでいたので、とんでもない数の「べっぴんさん」をもらったことになる。間違いなく「べっぴんさん」を一番くれたのはおじいちゃんだ。もしかしたら、どこのおじいちゃんも同じことを言うのかもしれないけれど、本当に宇宙一「べっぴんさん」をたくさんくれた人だった。

 

「えらい、べっぴんさんやわあ!」

「スタイルもバッチリ(そんなわけない)、そんなべっぴんさん男が放っておかんやろ(そんなわけない)!」

 

そんな、おじいちゃんを思い出す動画。寂しくなって少し涙が出そうになった。

 

 

もう会えないけれど、最後の最後まで「べっぴんさん」をくれたおじいちゃん。ありがとう!!その言葉、忘れてないよ!!その姿も、思い出せるよ!!

 

 

おじいちゃんのべっぴんさん、頑張るから!!