書いて、書いて、眠りたい。

「なにもない何者でもない私のみる世界をぜんぶ書く」で毎日21時に更新しています✏︎

「親友」という言葉の抵抗

 

 

ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。 (講談社文庫)

 

「友達だから?」

果歩の声がするっと耳に入ってくる。容易い響き。彼女のようにまっすぐな子は、きっと口にすることに抵抗がない。自分の口元に笑みが浮かぶのを感じた。さまざまな感情が入り混じって、素直な微笑みは形作れなかった。

 

 

母親を殺害さした容疑をかけられている「チエミ」。行方不明の「チエミ」。そんな「チエミ」を探す、幼馴染の、友達の、親友の「みずほ」。そんな「みずほ」の言葉。何があったのか、何でこうなったのか、一体チエミはどこにいるのか。それを知るために同級生に会っていく中で、「果歩」から言われる。なんで?前までならそんなこと(探したり)しなかったでしょ?って。友達だから?って。

 


 

「友達」

 

その言葉に抵抗があった。

 

「親友」

 

なんてもっとそうだった。

みずほと私は似ているのかもしれない。

 

思い出すのは、中学生の頃。なんてことない顔で私のことを「親友」と言ってくれた友達がいた。本当にさらりと、なんてことない顔で、恥ずかしげもなく、迷いなく、言う。その姿を、「なんてかっこいいのだろう」と思った。「親友」という言葉を与えられたことへの感動と、本人を目の前にして「親友」と呼べる強さにとても感動した。今もはっきり思い出せる。とても衝撃的だった。

 

あまりにも真っ直ぐすぎて眩しい。言いたくても言えない言葉。文字にして書くことも、言葉にして伝えることも、難しい。もしかしたら人生で一度もないかもしれない。「仲がいい子」「友達」「大好きな人」「代わりのいない人」「特別」、そうは言えても「親友」は言えなかった。それでも世界には、その言葉を容易く言ってのける人がいる。眩しいなと思い、かわいいなと思う。躊躇しない純粋さ、真っ直ぐさ、軽やかさ。男の子がいう「親友」も、女の子がいう「親友」も、すごくかわいい。すごくすごくかわいい。そう思う。

 


 

 理解できる。

 

果歩の声がするっと耳に入ってくる。容易い響き。彼女のようにまっすぐな子は、きっと口にすることに抵抗がない。自分の口元に笑みが浮かぶのを感じた。さまざまな感情が入り混じって、素直な微笑みは形作れなかった。

 

みずほの考える“それ”が。

自分が使えない言葉をさらっと使う人を目の前にして同じように思うから。

 

「友達だから?」 

   

そう、当たり前のように、軽々と、言ってのける人がいることを、理解する・実感するシーンに出くわすたび、思ってきたから。「この子は真っ直ぐだから言えるんだ」って、「なんて純粋なんだろう」って、「なんて自信に溢れてるんだろう」って。 

 

「友達」だけど「友達」じゃなかったらどうしようとか。

「親友」って何だろう、どこからが「親友」なんだろう、とか。 

 

考えてしまう私とは大違いだなって。

中学生の頃にはもうそういうことを考えるようになっていたから、そんな自分が嫌だった。周りと同じように自然と言えない自分が本当に嫌だった。純粋さがかけているような気がして。綺麗ではないように思えて。だから一つ距離を取ってみる。一つ線を引く。「まっすぐだから言えるのだ」と眺めてみる。

 

そうやって落ち着かせてきた。いつもそうだった。ずっとそう。変われなかったし、変わらなかった。

 

だけど、今はこう思ったりする。

「そういう人が少しくらいいてもいいかな」って。

 

言葉の捉え方が少し慎重なだけ。自分に少し慎重なだけ。心に少し慎重なだけだから。

 

みずほの姿を読んだとき、改めて思った。

 

もしかしたら大勢いたのかもしれない。眩しくて羨ましくて、「親友」だとか「友達」だとかをはっきり言える人たちばかり目にうつしていたけれど。大勢いたのかもしれない。私と似た感覚でいた人も当時から。こうして文章になってるってことはそうなのかもしれない。

 

そう考えながら読んだ。

 

今も昔もなかなか使えない言葉を

今も昔も軽々使ってみせる人がいる

私にとって容易くない言葉を

容易く聞こえるくらい自然に言う人がいる

 

「友達」という「親友」という言葉のこと

 

 

 

大きく息を吸った海外旅行の記憶

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はてなインターネット文学賞「記憶に残っている、あの日」 

 

初めて一人暮らしを始めた日、子どもが生まれた日、大好きな推しに出会った日……。あなたの記憶に残っている日のことを教えてください。

 

ということで、「記憶に残っているあの日」をグーグルフォトから探してみた。そこで見つけたのは、はじめて行った海外旅行の写真。すごく記憶に残ってる。飛行機の時間で感じたこと、いつか行ってみたいと思っていた場所でいつかしたかったことを経験できたこと、「ええ!!!まさか!!」と笑ったこと。よく思い出せる。旅行先は「シンガポール」でした。

 

まずは飛行機の6時間。

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空から考えた。いつもの時間のこと。

 

「この時間ならあれしてるくらいの時間なのに、私、今、空にいる!」

 

それでもいつもと同じように時間は動いているはずだってことを不思議に思った。私一人どう動いたってどこにいたって地面の上の世界はそう変わらない。それならもっともっと自由に、もっともっと大きく捉えて生きてみてもいいのかもしれない。なんだかそう思った。自分の見てる世界の視野をもっと大きく捉えてもいいのかもしれない。空の上の不安定な場所で、飛行機から見えた地上の景色に、アリみたいに小さく見えた人間世界に、そう感じた。だからと言って何かが大きく変わったわけではないけれど、内側の何かが大きく変化したような感覚は、今も忘れず記憶に残ってる。

 

そしてこれ。

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 シンガポールに行ってみたかった理由の一つ、「逆バンジーを経験すること」!!

残念ながらお目当ての逆バンジーはやっていなかったのだけど、その隣にあった『ジーエックス ファイブ エクストリーム スイング』には乗れるってことだったので体験することに。

 

・・・・・・も〜〜〜〜〜う!!!

 

あの心臓の浮く感覚。忘れられない!!

 

ホントウに!!

 

はっきり思い出せる。

 

そして、これも。

 

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このナイトサファリも。

これがもう、、、、マジのナイトサファリで。ほっとんど!!何も!!見えなかった、、、それが忘れられない記憶(笑)!!奇跡的にゾウとバクは見れたので写真撮ってたけど、、、他はどこにいるのかもほっとんどわからなかった!マジの真っ暗で!!マジのナイトで!!マジのナイトサファリで!!マジの夜の動物園で!!

 

笑った。ああ、これが海外のナイトサファリか!!

 

ナイトサファリ。結構楽しみにしてたのに!!このやろう!って感じで(笑)今も変わらず笑い話になってる記憶。本当真っ暗だったなあ。びっくりした。本当にびっくりした。びっくりしたけど、それはそれでよかった。海外旅行って感じがして記憶に残ってる。

  

全て合わせてちっさなちっさなことで悩んでるのがおかしく思えた初の海外旅行。小さく小さく正しく生きるのが正しいわけじゃないのかもって思えた初の海外旅行。悩みなんて大きく大きく世界を捉えれば小さな小さなものだって思えた初の海外旅行。もっともっと自由でいいんだって思うきっかけになった海外旅行。心が動いた、心が膨らんだ、心が大きく息をした、初の海外旅行。

 

記憶に残っている、あの日の旅行 



あらためてハチ月

 

こんばんは、なつです。久しぶりにキーボードを打っています。

 

5月30日に「毎日更新を一旦ストップします!」と宣言してこれ(笑)人間、やっぱり「決める」って大事なんだなあって感じた2ヶ月でした。週に2回運動する!とか、毎日これをする!とかって、それが決して続けられなくても、なかなか行動に移せなくても、とりあえず決めることから始まるわけで大事なことだったんだなって、気づいた。

 

5ヶ月めちゃくちゃながらに毎日書いてきて、先月更新できたのが3つ(一つ消したので本当は4つ)、先々月が8つ、、、生活が少し変わって忙しかったといえば忙しかったけれど、決めていれば書いていただろうなという思いが頭をふわふわ紛れ込みながら毎日が過ぎていくのは、やっぱりなんだか嫌だった。「書かなくてもいい」2ヶ月も充実していたし、それなりに楽しかったけれど、誰でもない自分自信に追い込まれてた「毎日更新する!」期の方が、振り返った1ヶ月を好きに思ってたなと思う。だから、毎日更新しても、毎日更新しなくても、ブログを続けても、やめてしまっても、別に何も変わらないけれど、もう一度「毎日投稿」を始めてみようかと思う。

 

「あとで書けばいいや」 とか、「書かなくちゃ」って思いながら他のことをしたりとか、この辺で一旦終わりにしよう。2021年下半期を無駄にしたくないし。今は今しかないし。毎日書けなくてもいいけど、毎日書かなくてもいいはやめよう。インプット欲も、こわくなるくらい落ちたし。あんなにインプット欲に溢れていたのに。

 

これもアウトプットするの量が減ったからなのかなって思ってる。アウトプットする場面がなければインプットする必要もそこまでないし。インプットの量が減れば、アウトプットする量だって減るのは当たり前だし。その二つが私の活力なのに、そのどちらの熱も着々と落ちていくような選択ばかり取ってた。そりゃ働いても頭も体も感覚もフワフワするわ。

 

いうわけで!!!8月1日から毎日アウトプット習慣をはじめます!!

 

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それではおわります。

充実した楽しい2021年8月となりますように!

 

「手土産ないとままが怒るから」

 

 


 

朝が来る (文春文庫)

ふいに、ある記憶が心に引っかかった。

ひかりの母が、まだひかりが子どもだった頃、手土産を持ってこないお客さんのことを「常識がない」と、彼らが帰った後で、怒っていたことを。

長く居座って話をしようという時には、普通、持ってくるものだ、とあの日、母はいつまでも機嫌が悪かった。「常識がない」というあの言葉の言い方を、ひかりは今でもよく覚えている。

 


  

「手土産」と読んで思い出す記憶がある。

 

高校生の頃、歌って踊るユニットを組んで活動してた私は、よくあるメンバーのお家に泊まらせてもらった。会場からその子の家が近いという理由と、少しでも練習しようという理由で。「泊まりにおいで」と、イベントの度お世話になった。

 

いつだったか、その子(名前は“いた”)がこういった。

  

「手土産ないとままが怒るから」

 

よく覚えている。私にとってそれはとても衝撃的だったから。

 

「手土産がないとままが怒るから」

 

そう言って、ミスドに入り、本人自らトレーを取って「一人何個分??」と思うほどの量のドーナッツを乗せっていった。別によかった。そのこと自体は。みんな大好きミスドでたくさん買ったと言ったっってお手頃だったし、みんなで割ればまたさらに優しかった。ただ、その言動と行動の勢いが、その頃の私にはとても衝撃すぎて印象的だった。その日の大半をその衝撃で頭を占領されてたような気がする。

 

そんな日の夜、あるメンバー(名前は“なふ”)が言った。

  

「いたが食べたかっただけやろ」

 

3個目のドーナッツを頬張りながら言った。あんなに買ったんやしいいやろ、と言ってむしゃむしゃ食べる姿が思い出される。めっちゃ細いくせによく食べた。

 

全てが衝撃だった。

 

「手土産ないとままが怒る」と言ったいたのその言葉も。

その言葉とともに浮かんできたあの笑顔のいたままの姿も。

めちゃくちゃスタイルがいいくせに、夜中に3個もドーナッツを食べるなふも。

なふが冷静にいう「いたが食べたかっただけやろ」という視点も。

 

全て。

 

全て、衝撃でしかなかった。

 

確かにそうだったような気もする。今思えば、いたままの言葉というより、いたの言葉だったような気がする。あの子が食べたかっただけ。好きなのを。好きなように。

 

もしそうだったとしたら、いたままは少し損をしている気がする。いや、誰も得していない。だって、手土産はいつも持っていってた。もちろん。頻繁にお邪魔してたのだから。誰かが持っていっていたはずだし、みんな持っていってたはずだ。それでも「手土産がないとままが怒る」といた言った。誰も「得」しない言葉。

 

本当は毎回泊まりに来ることをよく思われてなかったのかもしれないなと思う。そりゃそうだ。ご飯を用意して、布団を用意して、お客様がくるって面倒だもの。本当は小言を言われてたのかもしれない。いたが。ままとぱぱから。だから、咄嗟に言ったのかもしれない。「いつもすみません」と、手土産くらいは持ってくる子たちで私たちがあるために。

 

いまだに思い出す。メンバーのだれかのことを思い出すたび。メンバーの誰かに会うたび。

 

「手土産ないとままが怒る」

  

あの言葉の真実がどの考察なのかはいまだにわからないけれど、そのおかげで「手土産」というものが思ってる以上に重要だってことがよくわかった。確かに、家に遊びに来てもらうときに一緒に食べられる手土産があれば嬉しいのかもしれない。「ありがとう」って気分よく迎え入れられるのかもしれない。呼ばれることも、呼ぶことも、もうほとんどないからよくわからないけれど、そんな気がする。

 

もし今度、誰かのお家にお呼ばれすることがあったら、喜ばれる手土産を持っていけたらいいなと思う。でも、出来れば行かせてもらうより来て欲しいかな(笑)お土産で見定められてるって考えるとゾッとするし。

 

やっぱりで会うが一番!!

そうすれば、ここで気になってることのほとんどは吹き飛ばされるわけだし、外なら解散もしやすいし。そうもいかない人もたくさんいるのだろうけれど、幸い私はそれで大丈夫な人生なので。

  

お家に遊びに行くより、お家にに遊びに来てもらうより、外で待ち合わせがいい。

 

それでいい。

 

今のところは。

 

 

 

際限なく引き出せるやさしさなんてない

 

ずっと、こう言うことを言いたかったのかもしれない。 

 

 

みちづれはいても、ひとり (光文社文庫)

「他人から際限なく引き出せるやさしさなんてないんだよ、楓さん」

 

 

いつも下手だった。自分のキャパシティに合わせて行動することが。今も下手だ。

例えば人間関係。追いかけられると逃げたくなったり、求められると逃げたくなったりするくせに、自分からいい人になりすぎてしまうこと。ただ純粋に、これからのために仲良くなりたい、と始まっただけなのだけど、過ぎてしまうようだった。話しかける、話を聞く、話をする、盛り上げる、笑いかける。愛想の良い人というのか、感じの良い人となるのが必要以上にうまいのかもしれない。想像以上に期待させてしまう。「優しい人」、「許してくれる人」、というふうに。それに疲れる。しかも疲れやすい。自分でしたことの結果なのに、息苦しくなって、逃げるように去る。相手にしてみれば「何だよ、別にお前なんていらねえよ」って感じかもしれないけれど、そうなる時、昨日までニコニコした相手の目が急激に温度度を下げていく姿は何度もあった。

 

そもそも、上の文章、は、小説『みちづれはいても、ひとり』の中にあるものだ。同じマンションに住む「楓」さんと「弓子」が、旅に出かける。弓子は行方不明の元夫にもう一度会うため、楓はいろんなものを吹っ切るため。そんな中、旅先で出会った男といい感じになる楓は、その男とホテルに行く。朝起きると男はいない。見ると財布は盗まれていて帰れそうになかった。旅先で助けてくれるような人は、一緒にきている弓子しかいない。連絡をとり迎えにきてもらうことになった。

  

「甘えすぎてしまいそう」

 

そう漏らす。そう漏らす楓に弓子はいう。

 

「他人から際限なく引き出せるやさしさなんてないんだよ、楓さん」

 

本当にそうだなと思う。本当にそうだ。

 

他人から引き出せるやさしさなんて限界がある。私自身が私以外に与えられる「やさしさ」に限界があるように。私自身が誰かから受け取る「やさしさ」に限界をみるように。与えられるやさしさには限界がある。まず、自分が与えたものと同じものが返ってくるとは限らないし、ずっと同じものが与えられ続けるとは限らない。人は変わっていく。日々変わっていく。相手だけが変わったわけでも、自分だけが変わってないわけでもない。どちらもが変わる。人は変わる。“他人”から引き出せるやさしさなんて限界があるのは当たり前のことだ。

  

「なつは優しいから」

 

これが「やさしさ」からだったってことは、ちゃんとわかっている。そう言ってくれた人たちが心からくれたこと。心からくれた「やさしさ」だったってこと、ちゃんとわかってる。好いてくれているからこその表現で、必要とされているからこその言葉。それが私の立ち位置で、できること。私らしさ。わかっている。そういってくれる人がいることのありがたさも。わかってる。

 

それでもいつも言いたかった。

 

「あなたにとって私は、確かに優しいのかもしれないけれど、『他人から際限なく引き出せるやさしさなんてない』んだよ」

 

ずっと同じではいられない。

 

日々触れる価値観でどんどん変わっていくから。昨日と同じでも、こないだと同じでも、周りと同じでもいられない。期待通りには進めないし、そのままではいられない。

 

だから、わかっていてください。

 

「他人から際限なく引き出せるやさしさなんてないんだよ」

 

ってこと。 

人と人は、個と個だから。家族でも恋人でも友達でも同志でも同僚でも後輩でも先輩でも他人でも、「際限なく引き出せるやさしさなんてない」ってこと。

  


 

ずっと言いたかった。ずっと、こうした言葉を言いたかったのだと思う。私の勝手な行動に目の色をトーンダウンさせる人たちに。身勝手に寂しくも言いたかったことはこうした言葉だったような気がする。小説『みちづれはいても、ひとり』にあるこの文章を読んだ時、そう思った。

 

ああ、私って、ずっとこういう言葉を言いたかったんだ。

ああ、私って、こうした言葉を言えていたらよかったんだ。 

 

って。 

 

「いつもの習慣を許すこと」の向き不向き

 


大人は泣かないと思っていた

手を洗い、琺瑯の容器を冷蔵庫から取り出して、なかみを小皿によそった。きゅうりやにんじんや玉ねぎをマリネにしておいた。六月は、じめじめしていて食欲が失せるから、夕飯はさっぱりしたもので済ませたい。あとはごはんと、なすのお味噌汁と、冷奴でいい。せまい台所でそれらを盆にのせ、ちゃぶ台に運んだ。両手を合わせてから、箸を取る。正座をして、背筋を伸ばして食べる。ひとつでもいい加減な習慣を自分に許したら、きっとどんどんだらしなくなっていく。わたしはだらしない生活をしながら強靱な精神を養えるほど人間ができてはいないのだ。

 


 

「わかる」と思った。

 

主人公『時田翼』の母(広海)が過ごしている生活。旦那と翼を置いて家を出て、事業を始め、一人暮らしをしている母の暮らし。何か一つでもいい加減な習慣を許したら、きっとどんどんだらしなくなっていく。だらしなくなった生活をおくりながら、事業を成功させるために必要な精神を養えるほど人間ができてない。だから、手を抜かない。綺麗に手を洗って、作っておいた食事をお皿によそい、手を合わせて、姿勢をよくして食べる。そう広海は言う。

 

「わかる」と思った。

 

私はそんなきちんとした生活、全くできていないけれど、わかると思った。一つだめな習慣を許した時、だめが全体に連鎖することは知っている。

 

例えば、ダイエットだとわかりやすい。1日だけ、1回だけ、と習慣を「だめ」なほうに許す。休憩という名目であれ、ご褒美という名目であれ。たった1回ならばいい、たった1日ならいい。けど、そのたった1回許したおかげで、たった1日許したおかげで、よくないほうの“ラク”がどんどん連鎖していく。何度も経験してきた。それが「リバウンド」に繋がっていくから。

 

(強靱な精神を)保つには、緩めることを簡単に許してはいけない。

 

よく分かる。

 

精神を強く保つには、精神を緩めないためには、そのためにある習慣を簡単に変えてはいけない。

 

このBLOGだってそうだから。

「毎日書く」を緩めた瞬間にこうなった(笑)

 

決めてしまったほうがいい。

やりたいなら。

決めたら変えないほうがいい。

やり遂げたいなら。

たった1日でも、たった1回でも、緩めないほうがいい。

 

間違いなく私はそのタイプだ。

 

きっと私は広海さんと似ている。

 

ひとつでもいい加減な習慣を自分に許したら、きっとどんどんだらしなくなっていく。わたしはだらしない生活をしながら強靱な精神を養えるほど人間ができてはいないのだ。

 

確かにそうだから。

 

いつもの習慣、決めた習慣を、  

「たまに許すこと」がリフレッシュになる人がいて、

「たまに許すこと」がストレスになる人がいる。

 

どちらのタイプなのかを知っておくことは大事なことなのかもしれない。

 

やり遂げたいこと・成し遂げたいことがあるときに。

 

私は完全「広海さん」派。

 

それを踏まえて行動計画立ててみようかな。

 

今年の半分がもう少しでちょうど終わろうとしていることだし。

 

 

 

パスタの意地悪

 

「若いから」 というのは理由にあるのかもしれない。

今のアルバイト先で働きはじめた時、年上の先輩が一人と年下の先輩が四人という環境だった。年下の先輩はほとんど教えてはくれなかった。聞けば教えてくれたが、こちらが聞かなければ知らないことだらけだった。オープンまでに必要な作業も、クローズに必要な作業も。営業を短縮していることも、休業していることも、仕上げのコツも。

 

 


 

朝が来る (文春文庫)

どれだけ注意を払っていても、毎朝のように、どこかには届けることを忘れた家や届ける新聞の種類を間違えた家が出る。その度にクレームが入り、店長夫婦から渋い顔をして叱られる。仕事を教えてもらえない、ということはなかったが、一度教えられたことがわからなくなって、困ると、ひかりが質問するより早く、「どうするんだっけ?」と意地悪く追い立てるような口調でつっけんどんに聞かれた。

 


 

高校を辞め、家を出て、住み込みのアルバイト(新聞配達)を始めたひかり。そのひかりの目にうつる景色。この文章は、「新しい仕事をはじめるとき」に“どこにでも”“誰にでも”少しはあるものだと思う。どれほど丁寧で、どれほど新人に易しい職場でも。どこかで少しは向けられる棘。

 

楽しく迎えたい気持ちと、少し意地悪になる気持ち。私にだってある。「なんか嫌だなあ」って思ってたくせに、同じようなことをしそうになる。ハッとしてやめる。「はじめて」は誰だって緊張で大変なんだから、って。最初をよくしてあげよう、よくしてもらったように、って。

 

仕事を教えてもらえない、ということはなかったが、

 

これは正直「はじめて」につきものだと思う。

自分が一から覚えたことを、人に一から教えるのに手厳しい。『自分から聞け』『やりながら覚えろ』意識が強い。前向きな姿勢が評価される世の中だから。私は別にいいけれど、アルバイトながら思う。“いい人”を招き入れたいのなら、招き入れるほうのスタンスも“いい”にすること必要があると思いますよって。

 

意地悪く追い立てるような口調でつっけんどんに聞かれた。

 

そんなことはなかった。今の職場でも、今での職場でも。そんなことは一度もなかったけれど、少しの「意地悪」を感じることはやっぱりある。どこにだってどうしてもある。

「意地悪」というのは少し違うかもしれない。「意地悪」というより「下手」だった。「下手」すぎて、「意地悪」に思えた。今の職場に入った時。

 

仕方ないと思ってた。

 

だってみんな二十歳になったばかりのこだったから。「はじめたて」という経験が自分自身にも少ないはずだし、本人たちが受ける「はじめたて」は、私より全然易しかったはずだから。それでも、その不満を十分に補ってくれる環境(人間関係)だったので、今もこうして続けられたわけなのだけど、本当に、はじめての人に対して「知らない」という前提が薄い職場だ。本当に「はじめて」に下手な人たちだ。私の後に、三人新しく人が入ってきたけれど、それをみていても(う〜〜ん)と思ったし、新店舗の研修もうちでやっているけれど、それも(う〜〜ん)と思ってる(笑)どうしてもの時だけ、こっそりと「こうしたらいいって教えてもらいましたよ」と囁くようにしてる。

 

慣れた人
慣れようとしている人
慣れてない人

 

「早く覚えてもらう」という厳しさは、仕事だから必要なことだと思う。仕事だから仕方ないとも思えるものだ。それでも、誰だって「はじめて」があったはずじゃないかと思う気持ちもいつもある。「はじめて」の時に、自分が苦く思ったことは、次のひとへ続かないようにしてあげることくらいしてもいいはずなのでは、と、甘くて弱い私はどうしても思う。

 

そういえば、「なっちゃんのように綺麗にパスタを盛り付けるにはどうしたらいいの?」って聞かれことがあった。はじめてフリーターとして働き始めたカフェで。なぜか伝えなかった。やってみせることはできたけど、口頭では伝えられなかった。伝えなかったっていう方が正しいかもしれない。せっかく覚えたことを、せっかく「なっちゃんのパスタ綺麗」って言われることを、「お皿に移すときに、お箸でくるくるっと巻きながらするんです」ってなぜか教えたくなかった。私は目で覚えた。どこか「棘」があった。あの時のことを今も言われる(笑)「なっちゃんはキッチンが上手だったんだけど、パスタの盛り方をどうしても教えてくれなかった!」と(笑)「いや、ちゃんと教えてましたよ!!」っていうけれど、いや、教えてなかったかもと最近思ってる。

 

ちょうど今私は、あの頃の先輩と同じ年になった。 

 

確かに教えてくれない。大事なことほど。教えてほしいことほど。

 

あの頃の私と同じくらいの年の子達は(笑)!!

 

だから、「はじめて」に易しい人に出会うと、そのもどかしさを知っている人なのかなあと思う。「はじめたて」という立ち位置を『年齢』や『他での経歴』に限らず、迎え入れてくれる人は「知っている」人。「はじめて」じゃないまますすめられる「はじめて」を。どこかで「経験した」ことがある「はじめて」の雑さ、ゆるさを。

 

「若いから」っていうのはやっぱり理由にあるような気がする。

 

私もそうだったから。

 

これから気づいていくのかもしれない。

そう思いながら眺めてる。一生懸命教えている姿を眺めてる。

 

今度謝ろう。

「どうしてもパスタの盛り方教えてくれなかったんだよ!」 って8年も言い続けてる先輩に。